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2O・3O(仮)  作者: 夜何時
第二章
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第二十一話 作戦の裏では

控室を出た剣持たちの足取りは、決して速いものではなかった。


巨大クヲンの襲撃によって非常灯へ切り替わった通路は薄暗く、天井から垂れ下がった配線が火花を散らしている。壁には亀裂が走り、床には崩れた建材や割れた照明の破片が散乱していた。


会場の外へ続く避難経路は、もう安全な通路とは呼べない。


剣持は甲斐田の腕を自分の肩へ回し、その身体を支えながら進んでいた。


甲斐田の怪我は深い。


早瀬との戦闘以前から消耗していた身体へ、さらに能力を使用した反動が重なっている。足を前へ出すたびに呼吸が乱れ、裂けた衣服の隙間からは止まりきっていない血が滲んでいた。


それでも甲斐田は、自分の足で歩こうとしていた。


「大丈夫ですか」


剣持が問いかけると、甲斐田は苦しそうに笑った。


「大丈夫って言いたいところだけど……ちょっと格好つかないね」


声には力がない。


それでも意識は保っている。


その隣では雨森小夜が、甲斐田の反対側の身体を支えていた。


戦闘能力を持たない雨森の細い身体では、成人男性の体重を受け止めることなどできない。それでも彼女は珍しく何も言わず、甲斐田の腕を抱えて一歩ずつ進んでいた。


顔の色が青ざめていた。


自分を守るために傷ついた者たちを目の前にして、普段の空想めいた言葉も出てこないらしい。


剣持自身も限界に近かった。


葛葉との戦闘と早瀬の超速による連続攻撃。


肩には殴打を受けた激痛が残り、呼吸をするたびに脇腹が軋む。伏見の神力で身体を動かしてはいるものの、その力を使うこと自体が、傷ついた肉体へさらなる負担をかけていた。


『刀也君、無理をしすぎだ』


頭の中から伏見の声が聞こえる。


普段の明るさはなく、剣持の状態を案じる緊張が滲んでいた。


「分かってるよ」


声に出す余裕もなく、剣持は心の中で返す。


だが、止まることはできない。


雨森を安全な場所まで連れ出す。


それが相羽から任された役目だった。


会場の外までは、あと僅か。


通路の先には、崩れた搬入口から差し込む外の光が見えている。


救助隊の声も聞こえ始めていた。


そこまで行けば、応援に来たエニカラの隊員と合流できる。


剣持が僅かに安堵しかけた、その時だった。


床へ何かが落ちた。


重い金属音。


三人の正面。


天井近くから飛び降りた一人の少女が、通路の中央へ着地していた。


衝撃によって床に亀裂が広がり、周囲の瓦礫が小さく跳ねる。


ゲーマーズに所属する立伝都々だった。


彼女は巨大な斧を肩へ担ぎ、獲物を見つけた子どものように目を輝かせていた。


その手に握られている斧は、一般的な武器の形から大きく外れている。


刃は分厚く、斧頭だけで少女の上半身ほどの大きさがあった。


「見つけた!」


立伝の声が、破壊された通路へ明るく響いた。


「そこの可愛い女の子さえ連れて帰れば、都々たちの勝ちだよね!」


剣持は甲斐田からゆっくりと身体を離した。


そのまま雨森へ甲斐田を預け、二人を庇うように前へ出る。


竹刀は葛葉との戦いで手放している。


残された武器は、自分の身体だけだった。


そして、早瀬の能力を無効化するために使用した『虚空』が、すぐに別の相手へ使えるのかも分からない。


能力を発動した時の感覚は、まだ右手に残っている。


だが、それを自在に引き出せるほど、剣持は自分の力を理解していなかった。


「雨森さんを連れていかせるわけにはいかない」


剣持は両手を構える。


立伝は嬉しそうに笑った。


「まだ戦えるんだ!」


次の瞬間。


巨大な斧が振り下ろされた。


剣持は横へ飛ぶ。


刃は床へ叩きつけられ、轟音とともにコンクリートを大きく粉砕した。


衝撃だけで身体が浮く。


着地した剣持の足は大きくよろめいた。


早瀬ほど速くはない。


葛葉ほど戦法が多いわけでもない。


しかし、立伝の攻撃には単純な力があった。


防ぐという選択肢そのものを許さない、圧倒的な破壊力。


立伝は床へ食い込んだ斧を、軽々と持ち上げる。


そのまま身体ごと回転し、横薙ぎに振るった。


剣持は身を屈める。


頭上を通過した刃が壁を切り裂き、巨大な亀裂を残した。


風圧だけで頬が切れ、血が流れる。


「避けるの上手いね!」


立伝は楽しそうだった。


疲労も恐怖も感じていない。


ただ目の前の相手へ武器を振るうことを、心から楽しんでいる。


斧が変形する。


長い柄が縮まり、刃が二つへ分かれたて両手斧になる。


自在に変形する斧。

これが彼女のライバ―スキル『おののおの』の能力である。


立伝は小型化した二本の斧を握り、一気に剣持との距離を詰める。


左右から迫る連撃。


剣持は腕で受け流し、身体を捻りながら避け続けた。


しかし、完全には逃れられない。


斧の柄が脇腹へ叩き込まれる。


「がっ……!」


身体が壁へ激突する。


膝が崩れ、呼吸ができない。

視界が揺れ始める。


立ち上がろうとしても、足に力が入らなかった。


『刀也君!』


伏見の声が響く。


神力が身体へ流れ込む。


だが、肉体の損傷が消えるわけではない。


強引に動かせば、それだけ後で大きな反動が返ってくる。


「剣持くん……」


甲斐田が壁へ手をつきながら立ち上がろうとしていた。


しかし、身体は既に限界を超えている。


爆弾を作り出そうと手を伸ばすものの、指先に僅かな光が集まっただけで消えた。


もう能力を使える状態ではない。


雨森は甲斐田を支えながら、剣持を見つめていた。


逃げ道は塞がれている。


戦える者は倒れかけた剣持一人。


立伝は二本の斧を再び一つへ合わせる。


今度の斧は、先ほどよりもさらに巨大だった。


疲弊した相手を確実に仕留めるため、攻撃力だけを求めた形。


「これで終わりかな!」


立伝が斧を持ち上げる。


剣持は壁へ手をつき、どうにか身体を起こした。


避けられるか分からない。

触れられるか。もっと分からない。


それでも前へ出るしかなかった。


立伝が床を蹴る。


巨大な斧を振り上げたまま、一気に距離を詰める。


その時、搬入口の外から幾つもの影が通路へ飛び込んできた。


立伝の足元へ光の弾が撃ち込まれる。


爆発。


斧の軌道が逸れ、刃が剣持の横の床へ突き刺さった。


立伝が驚いて振り返る。


そこには、エニカラの紋章を身につけた隊員たちが並んでいた。


前衛部隊。


救護班。


遠距離から武器を構える能力者。


会場の異変を察知し、本部から派遣された応援だった。


「保護対象を確認!」


「甲斐田と剣持が負傷している! 救護班を前へ!」


指示が飛ぶ。


複数の隊員が立伝を囲むように展開し、残りが剣持たちの救助へ回る。


立伝は周囲を見渡した。


正面に剣持。


背後にはエニカラの応援。


外からは、さらに多くの足音が近づいている。


どれほど戦うことが好きでも、状況を理解できないわけではない。


雨森を連れたまま、この人数を相手に突破することは難しい。


「うーん」


立伝は頬を膨らませる。


明らかに不満そうだった。


「まだ全然戦い足りないんだけどなぁ」


斧の形が変わる。


刃が小さくなり、柄が長く伸びた。


逃走の邪魔になる敵を遠ざけるための形。


立伝は巨大な斧を横へ振り抜いた。


巻き起こった風圧と瓦礫が、隊員たちの視界を塞ぐ。


その隙に身を翻し、崩れた壁へ向かって駆け出した。


「今日は帰る!」


瓦礫を足場に跳躍する。


その姿は壁の穴を抜け、会場の外へ消えていった。


追おうとした隊員を、指揮役の男が制止する。


今は敵の追跡より、負傷者と保護対象の安全が優先だった。


剣持は力が抜け、その場へ座り込んだ。


もう立っている必要はない。


雨森は無事。


甲斐田も救護班へ引き渡された。


ようやく役目を終えたのだと実感した瞬間、全身の痛みと疲労が一気に押し寄せてきた。


『よく頑張ったな、刀也君』


伏見の声が聞こえる。


剣持は僅かに笑った。


「本当に……疲れたよ」


その直後。


会場全体を震わせていた巨大クヲンの咆哮が止まった。


これまで続いていた轟音も、破壊音も聞こえなくなる。


代わりに外から響いたのは、地面へ巨大な何かが倒れたような重い衝撃だった。


少し遅れて、相羽ういはが搬入口から姿を現す。


衣服は所々破れ、髪にも埃が付いている。


だが、その表情は普段と変わらない。


彼女の後ろから長尾と弦月も続いていた。


長尾は二本の刀を鞘へ戻しながら周囲を確認し、弦月は負傷者の様子を見て表情を曇らせた。


巨大クヲンは、相羽隊によって討伐されていた。


「雨森ちゃん!」


相羽は雨森の姿を確認すると、一気に駆け寄る。


勢いのまま抱きしめそうになり、雨森が負傷していないことを思い出して寸前で動きを止めた。


「無事でよかった!」


雨森は何度か瞬きをした後、静かに頷いた。


「はい。皆さんのおかげで」


長尾は倒れている早瀬を確認し、続いて剣持へ視線を向けた。


「お前、またボロボロじゃねぇか」


「好きでこうなったわけではないんですけど」


「毎回そう言ってんな」


呆れた言葉だった。


それでも、長尾の表情には明らかな安堵があった。


弦月は甲斐田の治療を行う救護班の傍へ膝をつき、状態を確認している。


会場には大きな被害が出た。


多数の負傷者もいる。


だが、死者は確認されていなかった。


ゲーマーズによる雨森小夜の拉致計画は、再び失敗に終わった。


事件は、ひとまずの決着を迎えた。



同じ頃。


ゲーマーズの基地では、葛葉がソファへ深く沈み込んでいた。


服には埃が付着し、腹部には相羽の拳を受けた痕が赤黒く残っている。


治癒能力を持つ吸血鬼の身体でも、完全に痛みが消えるまでには時間が必要らしい。


葛葉は腹を押さえながら、心底不満そうな顔で天井を見上げていた。


「いや、あいつの力おかしいだろ」


向かい側では、叶が椅子へ腰掛けている。


複数のモニターには、既に作戦失敗の報告が表示されていた。


巨大クヲンは討伐。


早瀬は拘束。


立伝は撤退。


雨森小夜の確保には失敗。


赤の組織へ依頼した最初の作戦に続き、今回も目的を達成できていない。


「誰のこと?」


叶が聞くと、葛葉は身体を起こした。


「あの女だよ。いきなり出てきて、俺を一発で会場の外まで飛ばしたやつ」


思い出しただけでも腹部が痛むのか、顔をしかめる。


「剣持と遊んでたら、急に横から殴ってきたんだぞ。意味分かんねぇって」


「相羽ういはだね」


「名前とかどうでもいいわ。あれ人間じゃねぇだろ」


「一応、人間だよ」


「嘘つけぃ」


即答だった。


叶は小さく笑う。


葛葉がここまで一方的に不満をこぼすのは珍しい。


戦闘を楽しむ性格ではあるが、今回は楽しむ間もなく終わらされたのだろう。


「でも、剣持とは戦えたんでしょ?」


叶が尋ねる。


葛葉は少しだけ黙った。


剣持刀也という男の存在。


まだまだ未熟で戦闘経験も、ゲーマーズの上位戦闘員と比べれば足りていない。


それでも、追い詰められてなお立ち上がる目をしていた。


恐怖よりも、先へ進むことを優先する人間の目。


「まぁ」


葛葉は再びソファへ身体を沈める。


「つまんなくはなかった」


それだけ言うと、手元に置かれていたゲーム機を取った。


叶はモニターへ視線を戻す。


今回の作戦も失敗。


雨森小夜は再びエニカラに守られた。


二度も襲撃を受けた以上、今後の警備はこれまでとは比較にならないほど厳重になるだろう。


舞元啓介の自宅に学校と移動経路。


全てにエニカラの監視が付く可能性が高い。


正面から雨森を奪うことは、もう現実的ではない。


「雨森小夜は、一旦諦めようか」


叶は静かに呟いた。


その声音に悔しさはなかった。


執着も感じられない。


作戦の成功率を計算し、利益が少なくなった駒を盤上から外す。


ただそれだけの判断だった。


葛葉はゲーム画面を見たまま反応しない。


叶は報告画面を閉じる。


続いて、別のモニターへ新たな情報を表示した。


そこに映っていたのは、プロレス会場ではない。


雨森小夜とも関係のない場所。


そして、そこへ密かに持ち込まれたのは一つの黒い箱だった。


今回の作戦には、多くの視線が集まった。


巨大クヲン、雨森小夜、プロレス会場。


エニカラの戦力は、そのほとんどを事件の対応へ向けていた。


だから誰も気付かなかった。


同じ時間。


街の別の場所で、ゲーマーズの人間が何を運び込んでいたのかを。


叶の口元が、僅かに持ち上がる。


雨森の拉致は失敗した。


だが、今回の作戦全体が失敗だったわけではない。


会場の混乱も巨大クヲンも三人の刺客も。


最初から、街中の目を一箇所へ集めるための役割を持っていた。


「こっちは、うまくいったみたいだね」


誰にも聞こえないほど小さな声。


モニターの中。


黒い箱の表面に刻まれた印が、ゆっくりと赤く発光する。


布石はすでに置かれてしまったのだった。


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