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2O・3O(仮)  作者: 夜何時
第二章
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第二十話 超速の女

控室に張り詰めた空気は、まるで時が止まったかのように静かだった。


壁にもたれかかった甲斐田は荒い呼吸を繰り返し、雨森小夜は状況を理解できないままその場に立ち尽くしている。


その中央で、剣持刀也と早瀬走だけが互いの動きを探っていた。


早瀬は一歩だけ前へ出る。


その表情には焦りも殺気もない。


あるのは「仕事を片付ける」という程度の気楽さだけだった。


「悪いけどな」


コテコテの関西弁が静かな控室に響く。


「ウチ、あんたの能力知っとるんよ」


剣持の瞳がわずかに細くなる。


エニカラ内部でしか知らないはずの情報。


それをゲーマーズが把握している。


つまり――情報が渡っている。


「触れられたら終わり。最強やな――ただ……」


早瀬は肩を竦めた。


「ほな、触らせへんかったらええだけや」


その瞬間、姿が消えた。


「──っ!」


剣持が反応した時には、衝撃だけが腹部へ突き刺さっていた。


鈍い音。


身体が横へ吹き飛び、控室の壁へ叩き付けられる。


痛みを感じる暇もない。


今度は背後。横腹。肩。顔。


四方八方から衝撃だけが襲ってくる。


「ぐっ……!」


目では追えない。


音より速く拳が届く。


これが早瀬走のライバースキル『超速』だった。


人間の認識速度を完全に置き去りにする、一撃必殺の加速能力だった。


早瀬は止まらない。


走る。殴る。離れる。また走る。


その一連の流れが一秒にも満たない。


「どないしたん?」


声だけが違う場所から聞こえる。


「そんなんじゃ当たらへんで?」


剣持は竹刀を構え直す。


視線では追えない。


ならば耳や空気、床の振動。


僅かな違和感へ神経を集中させる。


『刀也君。』


伏見の声が響く。


『見ようとするな。感じろ。』


「……分かってる」


呼吸を整える。


次の瞬間、右の床が軋む。


剣持は迷わず竹刀を振り抜いた。


乾いた衝突音。


竹刀が拳を受け止める。


「……お?」


初めて。


早瀬の攻撃が止まった。


しかし、それも一瞬。


「ええやん」


笑う。


姿がまた消える。


今度は蹴り。


続いて肘打ち。


背後からの掌底。


攻撃の角度が次々と変わっていく。


防げる。


だが届かない。


剣持の竹刀は空を切るだけだった。


(防ぐだけじゃ……。)


意味がない。


能力は接触が条件。


一度でも触れられれば『虚空』が発動できる。


だが。


その一度が果てしなく遠い。


「終わりや」


早瀬が距離を取る。


床を蹴る。


これまでより深く。


速い。


一直線。


剣持へ向かって最大加速へ入る。


その時だった。


「……今だ」


小さな声。


控室の隅。


倒れていた甲斐田が、ゆっくりと顔を上げていた。


立つことさえ辛そうな身体。


腕は震え、呼吸も乱れている。


それでも彼は密かに床へ手を這わせ続けていた。


誰にも気付かれないように。


小さな金属球を。


一つ。


また一つ。


控室の床へ転がしていた。


彼のライバースキルは『爆弾』。


今作れるものの威力は小さい。だが、罠として使うには十分だった。


「……爆ぜろ」


甲斐田が指を鳴らす。


早瀬の進路上。


床に転がっていた小型爆弾が同時に炸裂した。


連続爆発。


轟音。


煙。


床が砕ける。


「しまっ──」


超高速で走る身体は急には止まれない。


爆風へ自ら飛び込む形になった。


身体が弾かれる。


速度を殺しきれず壁へ激突する。


「かはっ……!」


早瀬が初めて苦しそうな声を漏らした。


剣持はその瞬間を見逃さない。


(そうか。)


頭の中で全てが繋がる。


早瀬は速すぎる。


だからこそ止まれない。


曲がれない。


急激な状況変化へ対応できない。


『超速』は万能ではない。


身体能力を限界まで引き上げる代わりに、自分自身ですら速度を完全には制御できていない。


真正面からなら無敵。


だが、予想外の障害には弱い。


「なるほど」


剣持は静かに竹刀を握る。


「君も能力に振り回されてるんだな」


煙の中から早瀬が立ち上がる。


肩から血が流れている。


それでも笑った。


「もう勝ったような気になっているんか?」


口元を拭う。


「残念やけど」


再び床を蹴る。


「次は外さん」


最後の勝負だった。


早瀬が一直線に駆ける。


剣持も前へ出る。


避けない。


真正面。


互いが一直線に距離を詰める。


その瞬間。


剣持は竹刀を投げ捨てた。


「なっ──!?」


予想外の行動。


早瀬の判断が一瞬だけ遅れる。


その一瞬。


剣持は身体を半歩だけずらした。


拳が肩を掠める。


激痛。


それでも止まらない。


互いの身体がすれ違う。


剣持はその勢いのまま右手を伸ばした。


指先が。


早瀬の腕へ触れる。


「──『虚空』」


世界が静かになった。


早瀬の身体から、一瞬だけ風が消える。


次の瞬間。


高速移動を失った身体は勢いだけを残し、前方へ大きく転がった。


何度も床を転がり、壁へぶつかってようやく止まる。


「……あぁ」


早瀬は仰向けのまま天井を見つめ、小さく笑った。


「これは負けたわ」


立ち上がろうとするが、もう足は動かない。


足が動かなければ今の彼女は無力の等しい。


剣持もその場へ膝をつく。


肩で息をしながら、震える右手を見つめる。


――勝てた。本当に紙一重だった。


おそらくあと一歩届かなければ、倒れていたのは剣持だった。


控室には静寂が戻る。


だが、それは戦いの終わりではない。


剣持はゆっくりと顔を上げる。


「甲斐田さん。雨森さんを連れて、すぐ逃げましょう」


巨大クヲンとの戦闘音がまだ鳴り響く、まだ終わっていない。


そしてゲーマーズが送り込んだ敵は、まだ一人残っていることを、剣持は知らなかった。

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