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2O・3O(仮)  作者: 夜何時
第一章
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第十三話 覚醒

 長尾が倒れている。

 弦月も立ち上がれない。

 夕陽は自分を助けるために戦い、傷つけられた。

 すべて自分が弱かったからだ。

 最初から自分に力があれば。

 赤の組織をすぐに倒せていれば誰も傷つかずに済んだ。


「僕は……」


 竹刀を握る手が震える。


「何もできない」


『刀也君』


「守るって言ったのに」


 少女を助ける。

 そう決めて追いかけた。

 だが結局、自分一人では何もできなかった。

 助けに来た人間まで巻き込んだ。


「誰かが傷つくのは」


『刀也君、落ち着いて』


「嫌だ」


 剣持は床へ手をつく。

 指先が、冷たいコンクリートへ触れる。


「もう嫌なんだ」


 胸の奥。

 魂の底にある何かが、目を覚ます。

 音が消えた。

 炎の燃える音。誰かの呼吸。崩れた瓦礫が落ちる音。

 すべてが遠ざかっていく。

 目の前にあるもの、力も。能力も。存在を支えている何かも。

 すべて空白に見えた。

 何もない。何も存在しない。空っぽの空間。

 そして剣持の右手に、黒い影が集まる。


『これは……』


 伏見の声が震えた。


「僕の」


 剣持はゆっくりと立ち上がる。

 血に濡れた制服に震える脚。

 もちろん満身創痍だった。

 それでも、倒れない。


「僕の力だ」


 えまが剣持へ振り返る。


「あれ、まだやるの?」


 先ほどまで座り込んでいた剣持を見てえまは首を傾げた。


「無理だよ」


 剣持の姿を見て笑う。


「立ってるだけで精一杯でしょ」


 剣持は答えない。

 一歩、前へ出る。

 足元の原油で滑りそうになるが竹刀を杖にして、何とか踏みとどまる。


「本当に来るの?」


 えまは少し困ったように笑う。


「もう殴ったら死んじゃうかもしれないよ」


「だったら」


 剣持は荒い呼吸のまま言う。


「殴られる前に終わらせる」


「できるの?」


「やる」


 えまが床を蹴り姿が消える。

 夕陽の未来視でも追えなかった速度だ。剣持に反応できるはずがない。


『右だ!』


 ギリギリのところで伏見が叫ぶ。

 剣持は竹刀を持ち上げる。

 拳が竹刀へ激突する。

 竹刀が砕け散り、衝撃が剣持の腕を伝い、肩まで突き抜ける。


「ぐっ……!」


 剣持の身体が揺れるが、倒れない。

 砕けた竹刀を手放し、えまの腕を掴んだ。


「捕まえた」


「え?」


 その瞬間、剣持の右手に集まっていた黒い影が、一瞬の内にえまを覆う。

 空間が歪む。音も光も吸い込むような何も存在しない黒。

 これは剣持刀也のライバースキル。


「――『虚空』」


 えまの身体から、力が消えた。


「……あれ?」


 足元の亀裂が止まり全身を包んでいた圧力が霧散する。

 攻撃を受けるたびに蓄積されていた身体能力。

 痛みを力へ変換していたライバースキル。

 そのすべてが、一瞬で消え去った。


「力が」


 えまは拳を握る。


「入らない」


 剣持はえまの腕を掴んだまま、身体を引いた。

 体勢を崩し足をかける。

 すると、えまの身体は驚くほど簡単に床へ倒れた。


「え?」


 えまは受け身も取れず、背中から床へ落ちる。

 剣持はその腕を背中へ回し、身体を押さえつけた。


「痛い!」


「それで強くなるんだろ」


「ならない!」


 えまが慌てて叫ぶ。


「全然ならない!」


 力を入れて抵抗しようとする。

 しかし、先ほどまで長尾たちを吹き飛ばしていた力はどこにもない。

 今のえまは、ただの少女と変わらなかった。


「何したの!?」


「能力を消した」


「そんなのあり!?」


「僕も今知ったからな」


 剣持はえまの両腕を押さえる。


「降参する?」


「しない!」


「じゃあ、このまま」


「痛い痛い痛い!」


 剣持はえまを押さえたまま、二人へ視線を向けた。


「まだやる?」


 やりとりを静かに見ていた魔使は口元を押さえる。

 原油を出そうとしたのかもしれない。

 しかし、一瞬考えた後。


「……無理」


 両手を上げた。


「ウチ、もう原油出ない」


 魔使はその場へ座り込む。


「降参する」


「早いな」


「だって長尾にも殴られたし、笛で頭変になったし、もう立てないし」


 ルイスも手に持っていたカードを床へ置いた。


「私も降参」


 赤の組織の三人は、完全に戦意を失っていた。

 魔使は床に座り。ルイスは両手を上げ。

 えまは剣持に押さえつけられたまま、悔しそうに頬を膨らませている。


「離して」


「また能力が戻ったら困る」


「もう戦わないから」


「本当に?」


「本当」


「信用できるわけない」


「誘拐犯だから?」


「それ以外に何があるの」


「正論……」


 えまは諦めたように床へ頬をつけた。


「負けた」


 その言葉を聞いた瞬間、剣持の身体から力が抜けた。


「あ」


『刀也君!』


 えまを押さえていた腕が離れて剣持はその場で大きくよろめいた。


「剣持!」


 夕陽が立ち上がろうとする。

 だが、肩の痛みで動けない。

 代わりに長尾が剣持の身体を受け止めた。


「おい、しっかりしろ」


「勝った?」


「勝ったよ」


 弦月がゆっくりと近づく。

 顔色は悪く、片腕を押さえている。


「君が最後に全部ひっくり返した」


「なら、よかった」


 剣持は薄く笑う。


「少女は?」


 全員の視線が、工場の奥へ向く。

 椅子へ括りつけられていた少女は。

 騒ぎが終わったことを確認すると、静かに口を開いた。


「私を巡って、これほど多くの人が傷つき」


「また始まった」


 魔使が絶望した声を上げる。


「最後には血まみれの少年が、未知の力へ目覚める」


「今その説明いる?」


 ルイスが疲れ切った声で尋ねる。


「つまり私は」


「やめて!」


「多くの者を狂わせる、罪深い女なのね」


「違う!」


 赤の組織の三人が同時に叫んだ。

 剣持は長尾に支えられながら、呆れたように少女を見る。


「元気そうでよかった」


「助けに来てくださったのですね」


「一応ね」


「ありがとうございます」


 少女は深く頭を下げようとした。

 しかし椅子に縛られているため、少し身体が傾いただけだった。


「ただ」


「何?」


「この後、助け出された私が、恩人であるあなたに身も心も――」


「それ以上は言わなくていい!」


 剣持が叫ぶ。

 傷口に響いたのか、そのまま咳き込む。


『刀也君、無理しないで!』


 伏見の声が頭に響く。


「伏見……」


「今度こそ説明してもらうから」


 夕陽が睨む。


「その声のことも。今の力のことも」


「声は聞こえてないだろ」


「会話してるのは分かる」


「鋭いな」


「未来が見えるようになったからね」


「何それ」


 剣持が目を丸くする。


「夕陽も能力が?」


「あとで話す」


「今教えてよ」


「剣持が全部話した後」


「交換条件?」


「当然」


 剣持は困ったように笑った。

 その笑みを確認して、夕陽はようやく息を吐く。

 未来で見た、倒れる剣持。

 血を流し、動かなくなる姿をしたその未来は訪れなかった。

 完全に無傷ではない。むしろ、今すぐ倒れてもおかしくないほど傷ついている。

 それでも。生きている。


「未来は変えられた」


 夕陽が小さく呟く。


「何か言った?」


「別に」


 長尾は剣持を支えながら、床へ座らせる。


「とりあえず救援を呼ぶぞ」


「警察も?」


「その前にエニカラだ。能力者が三人、誘拐された少女が一人、怪我人が……」


 長尾は周囲を見回す。


「多すぎるな」


「長尾も怪我人だからね」


「俺は動ける」


「さっき床に埋まってたけど」


「あれくらい平気だ」


「平気な人は歩くたびに顔をしかめないよ」


「見んな」


 弦月は苦笑しながら端末を取り出す。

 魔使が不安そうに手を上げた。


「あの」


「何だ」


「ウチら、どうなるの?」


「捕まる」


 長尾が即答する。


「やっぱり?」


「誘拐したんだから当然だろ」


「でもウチら、依頼されただけで」


「誰に?」


「それは……」


 魔使は口を閉じる。

 ルイスとえまも視線を逸らした。


「言えねぇのか?」


「言ったらヤバい」


「もう負けて捕まってんだぞ」


「それでも怖いものは怖い!」


 魔使は膝を抱えた。

 弦月はその様子を見つめる。


「ゲーマーズ」


 三人の肩が同時に跳ねた。

 長尾の表情が変わる。


「弦月、何でそう思う?」


「エニカラが監視してた少女を狙ってて、能力者に依頼できる組織」


 弦月は少女へ視線を向ける。


「今のところ、それくらいしか思いつかない」


 赤の組織は何も答えない。

 だが、その沈黙だけで十分だった。


「やっぱりか」


 長尾は低く呟く。

 工場の外から、遠くサイレンの音が聞こえ始める。

 エニカラの増援かそれとも警察か。

 何はともあれ戦いは終わった。

 少女は助かり赤の組織は降参した。

 そして剣持刀也は、初めて自らのライバースキルを発現させた。

 触れた者の能力を無効化する力。

 すべてを空白へ帰す力。

 ――『虚空』

 剣持は自分の右手を見つめる。

 すでに黒い影は消えている。


「僕の力……」


『すごい力だね』


 伏見が答える。


「怖いくらいにね」


 触れただけで、相手の能力を消す。

 もし、伏見へ触れたらどうなるのか。

 自分の中にいる伏見にも、この力は作用するのか。

 そんな疑問が頭をよぎった。


『刀也君?』


「何でもない」


 剣持は右手を握り締める。

 工場へ近づくサイレンは、徐々に大きくなっていった。

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