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2O・3O(仮)  作者: 夜何時
第一章
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13/55

第十二話 蹂躙

 えまの拳が、床を砕いた。

 轟音と共に、工場全体が大きく揺れる。

 弦月藤士郎は横へ飛び、崩れ落ちるコンクリート片を回避した。


「長尾、大丈夫?」


「問題ねぇ!」


 長尾景は砕けた木箱の中から飛び出し、二本の刀を構える。

 口ではそう答えたものの、衝撃を受けた両腕は痺れていた。

 刀を握る指先に、うまく力が入らない。


「もっと……」


 えまは頬を赤く染め、恍惚とした笑みを浮かべている。


「もっと私を痛くして」


「やべぇな、こいつ」


 長尾が顔を引きつらせる。


「言ってることも能力も最悪だ」


「褒められた」


「褒めてねぇ!」


 長尾が床を蹴った。

 正面から仕掛けると見せかけ、えまの直前で身体を沈める。

 右手の刀で足元を狙う。

 鞘で足を払って、体勢を崩すだけだ。

 しかし。


「見えてるよ」


 えまの足が持ち上がった。

 長尾の斬撃を踏みつける。


「なっ――」


 刀の鞘が床へ叩きつけられる。

 えまはそのまま片足を軸にして身体を回転させた。

 踵が長尾の脇腹へ突き刺さる。


「ぐっ!」


 長尾の身体が横へ吹き飛んだ。

 今度は床を何度も転がり、鉄柱へ激突する。

 それを見た弦月がすかさず縦笛を口元へ運ぶ。

 高く澄んだ音が工場内へ響いた。

 えまの動きが止まる。

 拳を振り上げた状態で、全身が硬直した。


「今度は少し長く止める」


 弦月は音を切らさず、別の旋律へ移る。

 音を聞いた者の思考を鈍らせ、行動を停止させる音色。

 本来なら、抵抗することすら難しい。


「……止まった?」


 夕陽が呟く。


「いや…」


 えまの指先は少しずつ動き始めていた。

 弦月の眉がわずかに動く。


「やっぱり、完全には止まらないか」


 えまの首がゆっくりと動く。

 視線が弦月へ向けられた。


「きれいな音」


 笛の音が響いているにもかかわらず、えまの口が動く。


「頭の中が痺れる」


 一歩、足が前へ出た。


「でも」


 さらに一歩。


「これも、ちょっと気持ちいい」


「能力の影響まで力に変えてる……?」


 弦月の表情から、完全に余裕が消える。

 音色を変える。

 今度は思考そのものを一瞬だけ停止させる、より強い旋律。

 えまの身体が再び硬直する。

 だが、止まったのは、ほんの一秒だった。


「捕まえた」


 えまの姿が弦月の視界から消える。


「弦月!」


 長尾の叫び。

 次の瞬間には、えまが弦月の目の前にいた。

 弦月は笛を横へ構え、振り抜かれた拳を受ける。

 小さな縦笛と拳がぶつかったが、到底受け止められるはずのない衝撃。


「っ……!」


 笛は折れなかった。

 しかし弦月の身体は耐えられない。

 両足が床から離れ、後方へ大きく飛ばされる。

 背中から床へ叩きつけられ、勢いのまま滑っていく。


「弦月!」


 夕陽リリが声を上げた。

 長尾が再びえまへ斬りかかる。


「よそ見してんじゃねぇ!」


 左右から同時に繰り出される二刀。

 えまは右の一撃を腕で受け、左の一撃を肩で受け止めた。

 鞘とはいえ、長尾の力を乗せた斬撃に肉を打つ鈍い音が二度響く。


「っ……!」


 えまの顔が苦痛に歪む。

 次の瞬間、その表情が笑みへ変わった。


「ありがとう」


「礼言ってんじゃねぇ!」


 えまが肩を振る。

 それだけで長尾の身体が弾き飛ばされた。

 続けて踏み込み腹部へ拳を叩き込む。


「がっ……!」


 長尾の身体が折れる。

 えまは長尾の制服を掴み、そのまま持ち上げた。


「軽い」


「離せ……!」


 長尾は刀を振るおうとする。

 しかし、えまは長尾を床へ投げつけた。

 床に亀裂が走り長尾の手から二本の刀が離れた。


「次はあなた」


 えまは長尾から視線を外し、弦月へ向き直った。

 弦月は片膝をつきながら、えまを見上げる。


「音は嫌いじゃなかったんだけどな」


 えまが拳を振り上げる。


「待て!」


 剣持刀也は竹刀を杖にして立ち上がろうとした。

 しかし、脚に力が入らない。開いた傷口から血が流れ、制服を赤く染めていた。


『刀也君、動いちゃ駄目だ!』


 伏見の声が頭の中へ響く。


「でも、このままじゃ」


『刀也君が行っても何もできない!』


「分かってるよ!」


 剣持は歯を食いしばる。

 分かっている。

 今の自分では、えまの速度にすら反応できない。

 竹刀を振るう力も残っていないし伏見の神力も底をつきかけている。

 それでも。

 目の前で長尾が倒れ。弦月が傷つき。

 自分を助けに来た者たちが、次々と追い詰められている。

 何もできない自分が、許せなかった。


「剣持」


 夕陽が立ち上がる。


「何する気?」


「止めないと」


「無理だ」


「でも」


「長尾も弦月もやられたんだぞ!」


「だから私がやる」


 夕陽の目元に、再び鋭い痛みが走った。


「夕陽?」


 視界が揺れる。

 目の前の光景から数秒先の未来が重なる。

 えまが拳を振り下ろす。

 弦月が横へ飛び右側の床が砕ける。

 その直後、えまは左足を軸にして振り返る。

 未来が消える。


「弦月、右!」


 夕陽が叫ぶ。

 弦月は考えるより早く、右方向へ身体を転がした。

 直後、えまの拳が、先ほどまで弦月がいた場所へ突き刺さる。


「避けた?」


 えまが驚いたように顔を上げる。


「今の声……」


 弦月は夕陽を見る。

 夕陽は片手で目元を押さえながら、荒い呼吸をしていた。


――一瞬だけど未来が見えた。


 夕陽はえまを睨む。


「次も視る」


 再び頭痛がして未来が流れ込む。

 えまが床を蹴る。

 正面ではない。

 一度右へ跳び、鉄柱を蹴って背後へ回る。


「後ろ!」


 夕陽が叫ぶ。

 弦月は身体を低くすると頭上をえまの脚が通り過ぎる。

 えまは空中で身体を捻り、床へ着地する。


「また避けた」


 夕陽は目を見開いたまま、未来を追う。

 一秒先。

 二秒先。

 えまの拳。足。移動方向。

 すべてが断片的に見える。


「左!」


 弦月が左へ避ける。


「次、下!」


 振り抜かれた拳をしゃがんで回避。


「後ろに下がって!」


 弦月が飛び退くとえまの足が床を砕く。

 夕陽は絶えず指示を出す。

 一瞬先の未来を、途切れることなく見続ける。

 頭の中へ大量の映像が流れ込み現在と未来の境目が曖昧になる。


「弦月、三歩後ろ!」


 弦月が下がる。

 えまの拳が空を切る。


「長尾、今!」


 床に倒れていた長尾が声に反応して刀を拾い、えまの足元へ鞘を滑らせる。

 えまの足首に当たり、僅かに体勢が崩れた。


「弦月!」


 弦月は残った力で笛を吹く。

 短い音。だが、えまの思考が一瞬止まる。


「今なら――」


 夕陽の視界に、新しい未来が映る。

 長尾が背後から組みつき弦月の音が続く。

 えまの動きが止まって制圧できる。


「長尾、後ろから!」


「おう!」


 長尾が踏み込む。

 えまの背後へ回り、両腕を押さえようとする。

 だが。

 夕陽の視界が再び切り替わった。

 一瞬にして違う未来が映し出される。


「駄目、離れて!」


 警告が遅れた。

 その隙を逃さずえまの身体が動く。

 思考が止まっているはずなのに力だけで拘束を振り払った。


「ぐっ!」


 長尾が再び飛ばされる。

 弦月の笛も、衝撃波で手から落ちた。


「そんな……」


 夕陽は息を呑む。

 未来は見えていた。

 だが、見えた未来よりもえまの動きが速くなっている。


「追いつかない」


 未来を見てから指示を出すまでの一瞬。

 そのわずかな時間さえ、今のえまには長すぎる。


「あなた」


 えまが夕陽へ顔を向けた。


「さっきから邪魔」


 夕陽の目に、未来が映る。

 えまが正面から飛び込んでくる。

――右へ避ける。

 避けた先へ拳が来る。

――左へ避ける。

 足払い。

――後ろへ下がる。

 追撃。

 

 未来は見えた。


「っ……!」


 夕陽は後方へ跳ぶ。

 えまの拳が目の前を通り過ぎる。

 未来通り。

 次は足払い。

 すかさず夕陽は跳ぶ。


「避けた」


 えまの声がすぐ近くで聞こえる。

 空中にいる夕陽の腹部へ、えまの掌が押し当てられた。


「でも」


 衝撃とともに夕陽の身体が吹き飛ぶ。


「避けるだけじゃ勝てないよ」


 夕陽は床へ叩きつけられた。


「夕陽!」


 剣持が叫ぶ。

 夕陽は咳き込みながら身体を起こそうとする。

 息ができない。

 腹部に鈍い痛みが広がっている。

 それでも、目を開き未来を見る。

 えまが近づいてくる。

 次は右の拳。

 夕陽は身体を転がして避ける。

 その次は左の蹴り。

 腕で受ける。


「っ!」


 骨が軋む。

 未来が見えても、身体が追いつかない。

 一秒先を知っていても、それを避ける速度がなければ意味がない。

 夕陽は立ち上がろうとする。

 えまの動きが見える。

 正面。

 拳。

 もう避けられない。


「夕陽!」


 えまの拳が夕陽の肩へ叩き込まれた。

 夕陽の身体が横へ飛び、床を滑る。

 視界が暗くなり未来の映像も途切れた。


「……剣持」


 夕陽は倒れたまま、かすれた声で名前を呼んだ。


「ごめん」


 それを見た瞬間。

 剣持の中で、何かが切れた。

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