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2O・3O(仮)  作者: 夜何時
第一章
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第十一話 到着

「――っ」


 えまの身体が停止する。

 拳を振り上げた姿勢のまま、指一本動かなくなった。

 魔使とルイスも同様だった。

 目を開き、困惑した表情を浮かべたまま固まっている。


「間に合った」


 工場の入口。

 弦月藤士郎が一本の縦笛を口元へ当てていた。

 その隣には長尾景。

 そして、二人の後ろから夕陽リリが工場内へ駆け込んでくる。


「剣持!」


 夕陽は倒れかけている剣持の姿を見て、顔色を変えた。


「夕陽……?」


 剣持は信じられないものを見るように目を見開く。


「何でここに」


「それはこっちの台詞!」


 夕陽は剣持のもとへ駆け寄ろうとする。


「待て!」


 長尾が腕を掴む。


「床に油がある。火も残ってる」


「でも剣持が!」


「助けるから、勝手に動くな」


 長尾は二本の刀を抜いた。


「弦月、停止はどれくらい持つ?」


「僕の『縦笛』だったら後数秒かな」


「十分」


 長尾は床を蹴る。

 動きを止められた三人との距離を一瞬で詰める。

 最初に狙うのはルイス。

 刀の柄で手首を打つ。


「っ!」


 身体が動き始めた瞬間、ルイスの手から銃が落ちる。


「いったぁ!」


「武器持ってる奴から潰す」


 長尾はそのまま身体を回転させ、鞘でルイスの腹部を打った。


「ぐっ……!」


 ルイスが床へ倒れる。


「ルイス!」


 魔使が叫ぶ。

 口を開き、原油を吐こうとするが再び笛の音が響いた。

 今度は低く、短い旋律。

 魔使の表情から意識が抜け落ちる。


「……あれ?」


 何をしようとしていたのか分からなくなったように、口を開けたまま首を傾げる。


「今だよ、長尾」


「おう」


 長尾が踏み込む。

 刀の柄を魔使の額へ叩き込んだ。


「ぶっ!」


 魔使は後方へ吹き飛び、床に倒れる。


「口から何か出す前に止めりゃいい」


「加減はしてね」


 弦月が穏やかに注意する。

 しかし、ここでえまが動きを取り戻す。


「よくも二人を!」


 長尾へ向かって突進する。

 拳を振り抜くが長尾は身体を横へずらし、簡単に避けた。


「遅い」


 えまの背後へ回り込み、刀の鞘で背中を打つ。


「痛っ!」


 えまが前へ倒れる。

 立ち上がろうとしたところへ、足払いをして再び床へ転がった。


「終わりだ」


 長尾はえまの首元へ刀の切っ先を向ける。

 刃は触れていないが少しでも動けば斬られる距離だった。


「三人とも、戦闘経験ほとんどねぇな」


「うるさい!」


 魔使が頭を押さえながら立ち上がる。


「ウチらはまだこれから成長する予定なの!」


「予定で誘拐すんな」


「正論!」


 ルイスも腹を押さえながら起き上がる。


「待って、体勢を立て直して」


「立て直させると思うか?」


 長尾がえまの首元から刀を外し、ルイスへ向き直る。


「投降しろ。今なら無駄に怪我せずに済む」


「怪我させた後に言う!?」


「まだ軽傷だろ」


 弦月も笛を構えたまま、三人の動きを観察している。


「もう勝負はついてるよ」


 穏やかな声音。

 しかし、その場にいる誰もが理解していた。

 弦月が再び笛を吹けば、赤の組織は動けなくなる。

 長尾の剣術へ対抗できる者もいない。

 実力差は明らかだった。


「諦めよう」


 ルイスが小声で言って長尾と弦月を見る。


「死ぬよりはまし」


「俺たち殺さねぇよ」


 長尾が言う。


「大人しく捕まるならな」


「捕まるのも嫌!」


 魔使が叫ぶ。


「どっちも嫌だ!」


「わがままだな」


 夕陽はそのやり取りを聞きながら、剣持へ近づく。

 床の原油と炎を避け、慎重に足を進める。


「剣持」


「来るなって言われただろ」


「今さら何言ってるの」


 夕陽は剣持の前へしゃがむ。

 制服には血が滲み、包帯も赤く染まっていた。

 未来で見た姿と完全に同じではないが、近い。


「また大怪我してるじゃん」


「大怪我ってほどじゃない」


「その見た目で言う?」


「ちょっと傷が開いただけ」


「ちょっとじゃないでしょ」


 夕陽は拳を握る。

 安心。怒り。恐怖。

 さまざまな感情が混ざり合い、何を言えばいいのか分からない。


「何で一人で来たの」


「少女を追わないといけなかったから」


「だからって」


「他に誰もいなかった」


「私たちがいた」


「巻き込めないだろ」


 剣持は当たり前のように答える。


「僕が行けば済むことだったんだから」


「済んでない」


「え?」


「こんな怪我して、何が済んだの」


 夕陽の声が震える。


「もし私たちが来なかったら、どうなってたと思う?」


「それは……」


「分かってるでしょ」


 剣持は返事をしなかった。

 伏見も頭の中で何も言わない。

 夕陽の言葉が正しいことを、二人とも理解していた。


「あとで全部説明して」


 夕陽が低い声で言う。


「昨日何があったのか。何で急にあんな速さで走れるようになったのか。誰と話してたのか」


「誰とって」


「伏見」


 剣持の目が見開かれる。


「聞こえてた?」


「当たり前でしょ」


 夕陽は剣持を睨む。


「もう誤魔化させないから」


『刀也君』


 伏見の声が響く。


『この子、怒らせると怖いよ』


「伏見のせいでもあるんだけど」


「今、伏見と喋った?」


「……あとで説明する」


「絶対だから」


 工場の中央。長尾が赤の組織へ近づく。


「さて」


 刀を構え直す。


「大人しく武器捨てろ」


「カード生成させる力もなーい」


 ルイスが小声で言う。


「原油も吐きすぎて気持ち悪い」


 魔使が腹を押さえる。


「もう無理かも」


 二人はえまを見る。


「えま?」


 返事がない。


 えまは床へ片膝をつき、俯いていた。


「どうしたの?」


 ルイスが近づこうとする。

 その瞬間、えまの肩が大きく震えた。


「痛い……」


「大丈夫?」


「さっきから、何回も殴られて」


 えまは自分の腕を抱く。


「蹴られて、叩かれて」


 長尾は刀を構えたまま警戒する。


「何だ?」


「長尾、離れて」


 弦月が表情を変える。

 えまの身体から、異様な力が溢れ始めていた。

 足元の埃が、風もないのに舞い上がる。

 床へ触れていた指先が、コンクリートへひびを入れる。


「えま?」


 魔使が不安そうに名前を呼ぶ。

 えまはゆっくりと顔を上げた。

 頬は赤く染まり。目には涙が浮かび。

 口元には……なぜか笑みが浮かんでいた。


「もっと……」


「え?」


「もっと痛くして」


 工場内が静まり返る。

 長尾の顔が引きつる。


「は?」


「攻撃されるたびに」


 えまは立ち上がる。

 先ほどまでとは明らかに違う速度と違う圧力。

 床を踏みしめただけで、足元に亀裂が走る。


「身体が熱くなって」


 えまは自分の拳を握り締める。


「力が湧いてくるの」


 弦月が笛を構える。


「ライバースキルだ」


「今まで発動してなかったのか?」


 長尾が尋ねる。


「多分、一定以上の痛みが発動条件なんだと思う」


 えまは恍惚とした表情で笑う。


「私のライバースキル」


 拳を構える。


「『ドМ』」


「名前どうにかならなかったのか!?」


 長尾が思わず叫ぶ。

 次の瞬間、えまの姿が消えた。


「長尾!」


 弦月が声を上げる。

 長尾は反射的に刀を交差させた。

 直後、えまの拳が刀へ激突する。

 轟音が衝撃が工場全体を揺らした。


「ぐっ……!」


 長尾の身体が大きく後方へ吹き飛ばされる。

 床を何度も転がり、積まれていた木箱へ激突した。


「長尾!」


 弦月が叫ぶ。

 砕けた木片が舞う。

 長尾は瓦礫の中で刀を握ったまま、驚愕した表情を浮かべていた。


「さっきまでと……別人じゃねぇか」


 えまは拳を見つめる。

 その笑みは、さらに深くなる。


「痛いって」


 一歩で床が砕ける。


「気持ちいい」


 赤の組織の二人さえ、恐怖したように後ずさる。


「えま、そんな能力だったの!?」


「ウチらも初めて見た!」


 弦月が笛を口元へ運ぶ。

 高い音色が工場内へ響くとえまの身体が一瞬だけ停止する。


「止まった!」


 夕陽が叫ぶ。

 しかし、えまの指が動いた。

 続いて腕と首。

 数秒も経たないうちに、完全に動きを取り戻す。


「効いてない?」


 夕陽が息を呑む。


「効いてる」


 弦月は冷静に答える。


「でも、身体能力の上昇で抵抗されてる」


 えまは弦月へ顔を向ける。


「次は」


 地面へ深く足を沈める。


「あなたが痛くしてくれるの?」


 弦月の穏やかな表情から笑みが消える。

 長尾は瓦礫を押しのけ、立ち上がる。


「とんでもねぇ奴を起こしたな」


 夕陽は剣持を支えながら、再び目の奥に痛みを感じた。

 視界が揺れる。

 新しい未来が流れ込んでくる。

 砕ける工場に吹き飛ばされる長尾と血を流す弦月。

 そして……倒れている剣持の前へ立つ、自分自身の姿。


「また……」


 未来が変わった。

 それが良い方向なのか悪い方向なのかまだ分からない。

 工場の中央では、力を増したえまがゆっくりと拳を構えていた。


「さあ」


 笑みを浮かべる。


「もっと戦おう?」

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