その26 修羅場をしよう!
広場は、昼のうちに様変わりしていた。 一晩で祭の会場を作る村。 本当にやると決めたことだけは早い。
「来ますわよ。 もうすぐ」
美羽は、そう言った。
空気が暗く沈んでいる。 良くない気配がする。 誰かが唾を飲む音がした。
ここからは修羅場。 ーー命の保障はない。 たしかに、その通りだ。 この闇はやばい。 そんな状況の中。
「あの、灯磨さん。 これどうぞ」
恵さんが白衣のポケットから、包み紙に入った飴を一つ出して、灯磨さんに差し出していた。
「先日、診療所の屋根を直していただいたので。 お礼です!」
「……」
灯磨さんは、柱に寄りかかったまま、無言でそれを受け取った。 小さく頭を下げる。 最初はそれだけの、はずだった。
「……ねえ、中川さん〜」
声が、低かった。 私は、反射的に二歩下がった。 大気の温度が下がった気がした。 ーー雑貨屋の引き戸の陰で聞いた、あの声だ。
「今、何したのかな〜 かなかな〜」
「え? お礼を」
「誰に? かなかな〜」
「灯磨さんに」
「どうしてかな〜」
「屋根を直していただいたので」
「……私に言えば良かったよね? 私が代わりに渡すって言えば良かったよね?」
「え?」
恵さんは、本当に不思議そうだった。
「望美さん、私、灯磨さんにお礼を言ってはいけないのですか?」
「いけない」
「どうして」
「私のだから」
「え?」
「灯磨は、私のモノだから」
広場が、静まった。 莉央さんの鍋の蓋が、かたんと鳴った。 莉央さん! ゴシップに興奮してないで、火を調整して!
「……あら。 灯磨は私のモノなんだけど?」
別の声がした。 菜奈さんだった。 ゆっくりと輪の中に入ってくる。
「望美。 貴方のものだと、いつ決まったの」
「……菜奈」
「貴方の屋根は、二人で直したわ。 灯磨と私で。 梯子を支えていたのは私よ。 これぞ、夫婦の共同作業って奴よ?」
ーーえっと。 今、終盤の佳境なんだけど?
「あら〜 菜奈? そんなに必死に主張して、懸命ね? ……泥棒狐さん?」
「ふふ。 人聞きが悪いわね、望美? 私は、事実を言っているまでよ」
「お二人とも、落ち着いてください」
恵さんが、両手を広げて間に入った。 仲裁のつもりらしい。
「灯磨さんが怖がってしまいます! そういうのよくないです!」
「「はあ? 貴方、何様なのよ」」
「ウザ〜 ……あ、しまった!」
ーーつい、本音を言葉にしちゃった!
三人ーーいや、村全員の視線が私に刺さる。 やめて、直視しないでよーー
「灯磨」
望美さんが、柱のほうを向いた。
「言って。 誰?」
「……望美」
「灯磨さん。 お答えになって」
「……望美」
「灯磨さん、はっきり言うのが誠意ですよ!」
「……望美」
三方から詰められて、灯磨さんは、望美としか言わなかった。
ーーはいはい。 両想い乙。 リア充は爆発しろ!
祭で修羅場になるつもりが、恋愛の修羅場が始まったんだけど。
ーー恋愛なら、別作品でやって! コッチはローファンタジーだから!
「瑞稀? 瑞稀、瑞稀〜 瑞稀!」
美羽が、爛爛とした表情のまま、私の顔の前まで近づいてきた。 ーーとても気味が悪い。
「やめて、キモいよ美羽!」
「瑞稀は、私のものですわ。 貴方の手、足、耳、鼻、口、目、心臓……全て私のモノ……アア。 イトシノ、ミズキ……」
ーーこれは、 美羽じゃない? 美羽の体に入ったナニカだ。
美羽が、私の袖を引いた。 顔が、笑っていなかった。
気づいた。 照明が、暗い。 鉱山から運んできた、村で一番明るいはずの照明が、蝋燭くらいの光になっている。
炊き出しの鍋から、湯気が立っていなかった。 音が、消えていた。
あの夜と同じだった。 窓の外で、肩を揺らしていたものが来た夜と。
「瑞稀〜 一緒に寝ましょう〜 ウフフフフ」
ーー妖怪ミウミウの仕業だ。




