その23 妖怪退治しよう!
ーー結論。 夜の村は、最悪だった。
「姉ちゃん! きゅうり!」
「ない」
河童は、私の足元に飛びついてきた。 そのまま、ズボンを引っ張る。
「ちょ、やめて! 脱げる!」
「きゅうり!」
「ないわ! この変態カッパ!」
振り払って走った。 五メートル進んで、次がいた。
女だった。 長い髪。 白いワンピース。 大きなマスク。
「私、きれい?」
「はい! 綺麗です! では失礼ーー」
「これでも?」
聞いてない。
マスクが外れた。 私は見てしまった。 勝也さんが逃げた理由を、私は心の底から理解した。 あの人のことはまだ嫌いだけど、判断だけは正しい。
叫びながら走った。 村の中心のほうへ。
道端に、小さいのが立っていた。 傘をかぶって、盆に豆腐を乗せている。
「……お豆腐、いかがですか」
「いらない!」
無視して走り抜けたら、背後から盆が飛んできた。 豆腐が後頭部に当たった。 地味に痛いし、服が濡れたーー最悪。
雑貨屋の前では、箒と桶と鍋が勝手に動いていた。
箒が掃いている。 桶が跳ねている。 鍋が蓋をカタカタ鳴らしている。 どれも誰も持っていない。
「……付喪神?」
道具に百年の歳月が宿ると魂を持つ、というあれだ。 ーーあれ? この箒、昼間も動いてなかった?
迂回しようとして、診療所の前で足を止めた。 包帯に全身を巻かれたものが、ゆらゆら立っていた。
恵さんの診療所から消えた大量の包帯ーー
「ウ、ウウウ……」
両手を上げて迫ってきた。 動きは遅い。 でも包帯の端が地面を引きずっていて、足を取られそうになる。
走った。 もう何も考えずに走った、なぜか足が重い。 足元を見るとスケベカッパがいた。
「姉ちゃん〜 きゅうり〜」
「寄るな、触るな、この変態!」
私は、カッパを投げ飛ばした。 家に着いて、引き戸を閉めて、鍵をかける。
布団に潜って、朝まで一睡もできなかった。 ーークヤシイ。
次の日。 図書館に私の姿があった。 開館と同時に入った。
「あら、瑞稀はん。 えらい早いな。 顔が怖いで?」
「……妖怪退治図鑑ってありますか?」
「あるで! アリ中のアリやで」
土間さんは、奥の棚を指さした。 背表紙がぎっしり並んでいる。 思ったよりある。 この村、どうしてこの分野だけ蔵書が充実しているの。
「でも、一文献につき一万円……」
「はいこれ。 全部持って来て、今すぐに!」
私は、机の上に札束を叩きつけた。 この村の秘密に使うはずだった十万円も、全部そこに入っている。
「ようけ持ってきたなぁ」
「足りますよね? ……だったら、さっさと出せ!」
「まあ、足るけど。 なんやおっかないなぁ……」
土間さんは坊主頭を撫でながら、それでも商売人の顔で本を運び始めた。
私は復讐に燃えていた。 きゅうりをせがまれた。 顔を見せられた。 豆腐を投げられた。 足跡を掃かれた。 包帯で追いかけられた。
ーー舐められている。 私は大っ嫌いなんですよ、小馬鹿にされることがね?
日が暮れるまで、ひたすら読んだ。 読んで分かったのは、妖怪というのは意外と律儀だということだ。
河童は、きゅうりを供えると約束を守る。 そして相撲を挑まれたら断れない。 頭の皿の水が乾くと力が出ない。
口裂け女は、ポマードという言葉が苦手。 鼈甲飴を差し出すと数えはじめる。
豆腐小僧は、豆腐を食べてもらえないと困る。 逆に食べると、良くないことが起きる。 つまり、受け取るだけ受け取って食べなければいい。
付喪神は、持ち主に名前を呼ばれると静まる。 道具は本来、使われたがっている。
ミイラ男は、そもそも日本の妖怪ではない。 たぶん、紛れ込んでいる。
そして、どの文献にも同じことが書いてあった。
『妖怪は、名を知られることを嫌う。 名と作法を知る者には、手が出せぬ』
名前。 また名前だ。
「……なるほど」
私は、最後の一冊を閉じた。
河童にはきゅうり。 口裂け女には飴。 豆腐小僧には豆腐の受け取り。 付喪神には呼び名。 包帯の人はとりあえず包帯を返す。
そして、全部に共通して効くのが、名前と作法。
つまりこれは、戦闘じゃないーー攻略だ。
私がこの村でずっとやってきたことと、完全に同じ構造だ。
「ふふふ」
思わず、笑いが漏れた。
「こうすれば良いのか、ハハハ」
「瑞稀はん? ……その、閉店の時間ですわ」
土間さんが、そっと距離を取った。
「……怖わ。 悪魔みたいやで……」




