その20 熊を撃退しよう!
考えてみれば、おかしな話だ。 熊撃退なんてできるはずがない。
勝也さんは熊の話をしていたけれど、出てこなかった。 なのに、いきなり熊を倒せと来たもんだ。 ーーまあ、所詮ゲームだし、いいんだけどさ。
あのNPCみたいになった灯磨さんのことも、深く考えないことにした。 あの後、正気に戻ったのか、ハッとした表情で私を一瞬だけ見て逃げて行った。
ーー気まずくて逃げたんだろうね。 わかるよ、私も同じだから。
準備は、朝のうちに済ませた。 後は雑貨屋で買い物をしよう。
「蜂蜜ください」
「あら〜 珍しいね〜 お菓子作りかな〜?」
「まあ、そんなとこです」
「……灯磨は私のモノだから、なにを送っても無駄だから」
「はは。 違いますよ、灯磨さんに渡すお菓子じゃないです」
「はいはい〜 400円です〜」
望美さんは、包んでくれた。 ーー完全に、敵視されている。
雑貨屋から出た時に、私を呼ぶ声が聞こえた。
「瑞稀。 どこへいらっしゃいますの」
美羽だった。 ーー見つかったら、厄介だな。 私は物陰に隠れて様子を見た。
美羽は笑っていなかった。 真剣な表情で雑貨屋に入ったようだ。
ーー今のうちに。 森へ行こう!
私は森の奥。 勝也さんが「大物がいる」と言っていた方向へ進んだ。
ーーいた。 倒木の向こうで、茶色い塊が動いていた。 大きい。
私は息を止めて、その塊を見つめた。
(羆 好物:蜂蜜、鮭 嫌物:大きな音 好感度:低)
蜂蜜。 しっかり好物に入っている。 下調べもせずに正解を引いた自分を、少しだけ褒めたい。
嫌物は、大きな音。 ーーふうん。 まあ、使わないけどね。
そう、相手は生物。 愛情を持って接していれば、わかってくれるはず。
私は、呼吸を整えた。 肩の力を抜いて、腰を落として、できるだけ穏やかな顔を作る。
思い出すのは、あの人だ。 どんな猛獣でも、話しかけて、触って、最後には仲良くなってしまうおじさん。
「よーしよし。 怖くないぞー。 怖くないからなー」
声は低くゆっくり。 動きもゆっくり。 熊が顔を上げた。 黒い目が何事かとこっちを向く。
「おー、いい子だなー。 お前はいい子だー」
近づく、一歩ずつ、笑顔を忘れずに。
熊は、動かなかった。 鼻をひくひくさせて、私の手元を見ている。 蜂蜜の匂いに気づいたんだね。
「ほらー。 腹が減ってるんだろー? 持ってきたぞー」
そして、笑顔で餌を渡す。 鮭だーー好物なんでしょ? ゲーム知識がある、私にかかれば簡単だよ!
私は、それを放り投げた。 熊はキャッチして、ばくばく食べ始めた。
食べた食べた。 ーー食べてしまったね? グフフ。
私は笑顔を保ったまま、心の中で勝利の拳を握った。 なんて簡単。 なんてあっけない。 ゲームクリア、まったなし! もう、いい加減本編に戻ろうよ?
「ゴ、ゴアアアアアアアアアアアア!!!」
熊が、吠えた。 最後の抵抗って奴かなぁ?
ーーえ? なんでって? 毒入りの餌だったからに決まってるじゃん。
熊と愛情を持った触れ合い? 馬鹿じゃないの! 相手は獣だよ?
苦しみ出した熊は、そのまま暴れ始めた。 倒木を蹴り上げ、立っていた木に体ごとぶつかり、地面を爪で掻きむしる。 土と石が飛んでくる。
あれ? やばい! 毒って、即死じゃないんだ。 苦しんでから死ぬんだ。 そんなの、考えもしなかった。
そして、熊の目が私を捉えた。
「う、うわあああ!」
私は咄嗟に弓を構えて放った。 矢は熊の肩に当たった。 当たってそのまま、ぽろりと落ちた。
毛皮に弾かれた。 刺さってもいない。 二本目。 三本目。 同じだった。
ーー全然効かない。 ウサギは一発だったのに。
熊が、四つ足で地面を蹴った。 木の間を縫って、こっちへ突っ込んでくる。 速い、車の速度だ。
逃げ場はない。 終わりだ。 そう思った瞬間ーー
「熊吉! メッ! ですわ!」
「ゴア……」
私の横の木が熊の鉤爪で倒れた。 ーー危なかった。
「ゴア……」
「もう、熊吉ったら。 人を襲っては駄目ですわよ!」
その人物は、熊を優しく撫でていた。 美羽だった。




