その5 雑貨屋に行こう!
次の日。 午前中に畑を耕して、水をやって、伸びていた雑草を抜いた。
気がつけば、昼になっていた。 バッグの中には、莉央さんにもらったお札と、出荷箱の脇に置かれていた小袋。 合わせても大した額じゃないけれど、種を買うくらいはできるはずだ。
私は村の中心へ向かって、坂を下った。 道は一本しかない。 両脇に家が数軒、その先に診療所らしき白い建物と、木の看板を出した小さな店。
『小川雑貨屋』と書かれている。 なんか色々書いてあるけど、それ以上の情報はない。
引き戸に手をかけたところで、中から声が聞こえた。
「おはよう〜 中川さん〜 今日も相変わらず、能天気ね〜」
「こんにちは。 望美さん? もう、昼ですよ?」
店の中には、望美さんと、白衣を着たおさげの人がいた。 中川さん、というらしい。
私は、なんとなく入るタイミングを逃して、引き戸の陰で足を止めた。
「……一日で初めて会う時は、こうやって挨拶するのよ。 常識でしょ? そんなことも言わないとわからない訳?」
「えっと……そうなんですか?」
背筋が、すっと冷たくなった。 声の温度が、まるで違う。 昨日、畑の前で「よろしくね〜」と言っていた人と同じ喉から出ているとは思えない。 語尾も伸びていないし、笑ってもいない。
「そうだったんですね! 勉強になります!」
「……ハア。 もう〜 わかればいいよ〜」
ーー戻った。 一秒もかからずに、あの間延びした声に戻った。
私が怖いのはそこだけじゃない。 中川さんが、まったく気にしていないことだ。
怒られたことも、声が変わったことも、なんにも。
「あら〜 瑞稀ちゃん〜 いらっしゃい〜」
やばい、見つかった。 入るしかない。
「こん……おはようございます……」
「おはようございます! あなたが噂の新しい方ですね!」
中川さんが、ぱっと振り向いた。 白衣の下は、クソダサいTシャツ姿だった。
「診療所の中川恵と申します。 この村で唯一の医者です」
「倉石瑞稀です。 村外れに住んでます」
「存じております。 いずれ、よろしくおねがいしますね」
「いずれ?」
「ええ。 働きすぎて倒れた方は、皆さん診療所に運ばれてきますから」
にこにこしながら、とんでもないことを言われた。
「……倒れる前提なんですか」
「はい。 毎日何人か」
「毎日!?」
「ご安心ください。 ひと晩お休みになれば、元通りですから」
元通り。 また出た。 ゲーム要素がーー
棚を見て回った。 並んでいるのは、春の種ばかりだった。
夏や秋の種は一袋もない。 しかも、品数も少ないーー
解放条件に達してないのかな?
「夏の種って、ないんですか」
「春だからね〜 季節が変われば、並ぶ物も変わるよ〜 後、頑張って出荷したら、もっと種類が増えるかも?」
「入荷って、どこから……」
「さあ〜? 朝になったら、棚にあるんだよ〜」
望美さんは、本当に不思議に思っていない顔でそう言った。
美羽の発言を思い出す。 とにかく、この村の人は誰も、仕組みの中身に興味がないのかな?
カブの種をふた袋買った。 値段は一袋二百円。 そこは普通だった。
「毎度あり〜 また来てね〜」
店を出る前に、私はひとつだけ聞いてみた。 昨日から、ずっと引っかかっていたことだ。
「あの。 中川さんや望美さんは、いつからこの村に?」
「え?」
二人は、きょとんとした顔で、しばらく考え込んだ。
「あら? 記憶にないわね?」
「私も同じです! いつからでしょうね? おかしいですね、思い出せません」
「……この泥棒猫と一緒なんて」
「泥棒猫? 猫なんてどこにもいませんよ?」
「貴方の目には、そう見えるのかしら……」
ーーなに? この人たち、修羅場? さっさと、逃げよう。
「そうですか……失礼しました」
私はバッグの中の種を握りしめて、坂を上がりながら考えた。
ーーこの村はおかしい。 たぶん、システムだけじゃない。
耕せば正方形になる土も、一晩で伸びる芽も、忘れた記憶も。 絶対にこの村には秘密がある。
坂を上がりきると、私の家の前に、美羽が立っていた。 いつものように、にこにこしながら、なにかを食べている。
「お帰りなさいまし、瑞稀。 お買い物ですの?」
「そうだけど?」
「ねぇ、瑞稀……」
「なにっ……」
ーー余計なことは、詮索しない方が身の為ですわよ?
美羽の発言に私は、何も答えられなかった。




