その3 農業シュミレーションゲーム?
私は美羽に案内されて、とある一軒家にやって来た。
「新生活おめでとうですわ、瑞稀!」
「……」
美羽は満面の笑みで、両手を広げてみせる。
「住居、仕事付きで大サービスですわよ! 貴方だけの豪邸ですわ!」
「……美羽?」
ーー豪邸。 その単語と、目の前の光景が、頭の中で結びつかない。
平屋の木造。 瓦は何枚か欠けていて、雨戸は半分だけ外れかかっている。 庭と呼ぶには草が伸びすぎていて、どこまでが庭でどこからが野原なのか判別がつかない。 その向こうに広がっているのは、石と雑草に覆われた、ボロボロの大地だった。
昨日、和馬さんが「村外れの空き地」と言っていたのは、これのことらしい。
ーー絶対に、わざと言っている。 そんなに私と一緒に別荘で暮らしたいの?
隣を見ると、美羽はにこにこしながら私の顔を覗き込んでいる。 その笑顔が、答えだった。
「こんなの、私は求めてない! ……しかもここ、夜になったら、何かでてくるんじゃないの? 化け物とか……」
街灯の一本も見当たらないし、家の裏はすぐ山だ。 夜になったらどれだけ暗くなるのか、想像もつかない。
「あら? ご不満ですのね? だったら、今すぐに諦めて帰りますわよ!」
美羽が、待ってましたとばかりに手を差し出してくる。 その指先が、坂の上の屋敷を指していた。
ーーグヌ。 それは嫌だ。
あそこに戻るということは、『奥様』に戻るということだ。 垂れ幕の下で、使用人の皆さんに頭を下げられながら、美羽と同じ部屋で寝るということだ。
私は、伸び放題の草をひと掴み、力いっぱい引き抜いた。
「……決めた。 私はここに住むよ」
「なんですって! 正気ですの、瑞稀!」
あてが外れて取り乱す美羽。 さっきまでの余裕はどこへやら、私の肩を掴んでぐらぐら揺すってくる。 痛いんだけどーー
「お考え直しになって! ここには何もありませんのよ!? 朝食も、昼食も夕食もおやつも……」
「自分で用意するから……」
「夜食はどうしますの!?」
「そんなに食べない。 美羽と違ってね」
「……なんてこと。 駄目ですわよ!」
その後も美羽は手を変え品を変え説得してきたけど、私が断り続けていると、ため息をついて、一枚の束を取り出してきた。
「……はあ。 これが櫻井村の契約書ですわ。 これにサインすれば、貴方はこの村の住人に……」
「はい! サイン完了!」
「……中身を見ずにサインするなんて、愚の骨頂ですわね」
美羽の表情が変わった。 諦めとも、落胆とも取れる表情だった。
そして、無表情になった。 つまらなさそうに前髪をいじりながら、ぼそりと言う。
「……仕方ありませんわね。 でしたら、この村のことを説明いたしますわ」
態度は雑だったけど、内容は妙に丁寧だった。
「まず、そこの荒れ地。 この鍬で耕せば畑になりますわ。 石と切り株は、それぞれツルハシとオノで壊せますけれど、頑丈な岩は道具を鍛えてからでないと無理ですわね」
「道具を、鍛える? なにそれ、ゲーム?」
「鍛冶屋の鵠沼ですわ。 鉱山で採れる鉱石を持っていけば、丈夫な物に打ち直してくださいますの」
「鉱山もあるんだ……」
ーーだったら、トレジャーハンターにでもなろうかなぁ?
「それから、狩もできますのよ? その場合は弓をお使いくださいまし」
ーーへえ。 狩人って奴ね? 鉄砲とかないの?
「作物は、季節ごとに植えられるものが違いますわ。 春の種を夏に蒔いても枯れるだけですのよ」
「うん、まあ、それは分かる」
「収穫したものは、庭先の出荷箱にお入れになって。 翌朝には、お代が届いておりますわ」
「……誰が持っていくの?」
「そういう仕組みですの! 考えないでくださいませ!」
「仕組みって……」
「さあ?」
美羽は、本当にどうでもよさそうに首を傾げた。
「あとは、村の方々と仲良くなさることですわね。 贈り物をすれば、皆さん喜んでくださいますわ。 お好きな物を差し上げれば、なお喜ばれますのよ」
「好きな物って、どうやって調べるの」
「話しかけていれば、そのうち分かりますわ」
「そのうち!?」
ーーなに? 好感度システムみたいなのがあるの? 村人たちに?
「働きすぎて疲れましたら、ベッドにお入りになって。 ひと晩眠れば、また元通りですわ」
「元通り」
「ええ。 元通りですのよ」
ーーいや、それはおかしい。 ひとつひとつは、田舎の暮らしとして納得できなくもない。 でも、並べられると違和感しかない。
耕せば畑になる大地。 季節で決まっている作物。 置いておくだけでお金になる箱。 贈り物で上がっていく好感度。 ひと晩で回復する体力。
これ、去年の冬にハマってやり込んだ、農業シミュレーションゲームとほとんど同じだ。 ーーあれ? 去年ってなに?
私は、改めて周りを見渡した。 周りの景色の全部が、まるで誰かの手で作られたみたいに、きれいに収まっている。
「ねえ美羽」
「なんですの、瑞稀」
「この村って、いつからあるの?」
美羽は少しだけ黙って、それから、興味のなさそうな声で答えた。
「さあ。 ずっと前からですわ。 ……くれぐれも、この村の過去には詮索しないよう。 それも、櫻井村移住契約書に書いてあったんですのにね……」
「な、なんだって!」
ーーあれ? 私、やばい紙にサインしちゃった?




