致命的な失言をする校長代行
当日は、朝から準備に追われた。 応接室の椅子を拭かせ、卓布を新しいものに替えさせた。 茶は、来客用の二番目にいい葉を出させた。
俺は、鏡の前でネクタイを直した。 うむ。 悪くない。
「校長代行。 花杉学院の皆様が、お見えになりました」
「通したまえ」
さあ。 見せてやろうではないか。 我が理想学園の、格というものをな。
応接室に入ってきたのは、三人だった。
先頭は、校長だ。 その後ろに、教頭。
最後に、若い男の教員 ーーこいつは、様子がおかしかった。
「ようこそお越しくださいました」
俺は、深々と頭を下げた。 完璧な角度だ。
「校長代行を務めております、私が本日の対応をさせていただきます」
「……ああ。 どうも」
校長は、それだけ言って腰を下ろした。
ーーふん。 さすが、底辺校。 挨拶もろくに返さんのか。
まあいい。 所詮は、そういう学校なのだろう。
「まずは、陳情の件でございますが」
「ああ」
「放送設備の音量につきましては、当日、十分に配慮させていただきます。 スピーカーの向きも調整いたしますので……」
「……」
「ですので、開催中止という話は、ひとつご容赦を」
俺は、笑顔を作った。 これが、大人の対応というものだ。
校長は、湯呑みに口はつけなかった。
「……教育委員会に申告しました」
ーーん? なにを言った、コイツ?
「は?」
「申請は受理されました……」
ーーなんだと? つまり、体育大会は中止が決まったと言うことか?
俺は、笑顔を保った。 内心は、怒り狂っているがーー
「……では、本日はどのようなご用件で」
「確認に来た」
「確認、とおっしゃいますと」
「体育大会だ。 本当にやるつもりだったのかを……」
「それは、もちろんです」
教員が、手帳を開いた。 教頭が口を開く。
「進行についてお伺いします。 総合司会は、どなたが?」
「私が務めます」
「貴方が、ですか?」
教員の手が止まった。 校長が、目だけをこちらに向けた。
ーーなんだ。 どうした?
「……確認します。 昨年度まで、貴校の行事の総合司会は、倉石瑞稀が務めていましたね」
「ええ。 そうです」
「今年度は、変更されたと」
「はい。 私が変更いたしました」
「……どなたが、務めるはずだったのですか」
なにを言っている。 わかりきったことだろう。
「生徒会長です。 倉石瑞稀という、二年の生徒ですが」
教員が、手帳を閉じた。 この問答になんの意味があるんだ?
ぱたん、という音が、やけに大きく聞こえた。
「その子は、なんと言いましたか」
「は?」
「役目を取り上げられた時。 倉石瑞稀は、なんと言いましたか」
ーーなんだ、この質問は。
「……特に何も。 『わかりました』と」
「それだけ?」
「ええ。 実に殊勝な態度でしたよ」
俺は、間違った主張はしていない。
「倉石瑞稀は……当日、どこにいるんですか」
「どこに、とは」
「壇上ですか。 それとも」
「一般生徒として、競技に参加します、当然でしょう?」
教諭が、息を呑んだ。 隣の教頭先生は手縫いで汗を拭っていた。
「……帰りましょう、論外です」
「落ち着いてください……」
ーーおい。 なんだこの茶番は! 俺はこの後、教育委員会に不服申し立てをしないといけないんだ。
俺は、キレた。
「……ただの一介の生徒ごときに、なにをびびっているのです?」
俺は、精一杯の丁寧さで言った。
「……いえ」
「倉石瑞稀は生徒会長なだけの、ただの凡人ですよ?」
「……いえ」
「……それ以前は、ただの引きこもりだったんですよ?」
ーー俺は言った。 言ってしまった。 なぜか、そう思った。
「帰る」
「え? ですが……」
「もう十分だ……」
ーーなにがだ? なにが十分なんだ?
「ひとつだけ、言っておく。 倉石瑞稀を、舐めるな……」
「……は? あの、意味がわかりかねますが」
校長は、扉に手をかけた。 三人は、そのまま帰っていった。
茶は手つかずだった。 俺は、応接室に一人残された。
ーー馬鹿馬鹿しい。 なんだ、あれは。 揃いも揃って。
前校長といい、川端の娘といい、今度は隣の学校の連中まで。
どいつもこいつも、女子高生一人に何をそんなにーー
◇◇◇
「さて、材料も揃ったし……そろそろ潰すかなぁ?」




