二人目の愚か者 ーー教頭視点
校長室で、俺はふんぞり返っている。
革張りの椅子だ。 ぎしり、と背もたれが鳴る。 いい音だ。
ーーやっと。 やっと、俺に校長の座が回ってきたか。
ずっと、この学園に仕えてきた。 その間、私はずっと二番目ーー教頭だった。
朝礼で挨拶をするのは校長。 来賓に頭を下げられるのは校長。 卒業証書を読み上げるのも校長。
私はいつも、その斜め後ろに立って、司会進行役だったーー
だが、もう終わりだ。 その時代は終わった。
私は、机の上の名札を裏返した。 「教頭」の文字が、机に伏せられる。
ふん。 あの、長い者に巻かれ、媚びへつらう校長め。
たかが一生徒にこびへつらうなど、愚の骨頂。 そんな下手な態度をとるから、生徒たちがつけあがるんだよ。
もっとも、あの男の最期は自業自得というものだ。
持病もないのに倒れるとは、日頃の不摂生が祟ったのだろう。 三十分も放送で喚くなど、みっともない。 最後だったな。
一年生の間で妙な噂が流れているそうだが、馬鹿馬鹿しい。
忠誠がどうの、呪いがどうの。 所詮作り話だ。
「くくく」
私は、笑いを堪えきれなかった。
この私が校長になれば、もう、あんな川端ことねや倉石瑞稀などに好きにはさせん。
まずは、見せつけてやらねばなるまい。 ーー来月の、体育大会でな。
「失礼します」
ノックの音とともに、扉が開いた。
「教頭先生。 生徒会長の倉石です」
ーー来たな。 倉石瑞稀!
私は、椅子を回して正面を向いた。 ゆっくりと、大人の余裕だ。
「ああ。 倉石か」
「体育大会の実施計画書をお持ちしました。 ご確認をお願いします」
彼女は、書類を両手で差し出してきた。
私は、受け取ってぱらぱらとめくった。 競技種目。 時程。 係の分担。
『総合司会 生徒会長 倉石瑞稀』 ふん。 やはりな。
こいつのことだ。 今回も仕切るつもりだったのだ。
入学式で私の司会を奪い、始業式でも壇上に立ち、放送室の一件では校長を追い詰めた。
ーーコイツは、ここで懲らしめないといけないなぁ? それが大人の世界だよ。
「倉石」
「はい」
「司会は、私がやる」
「え? ……ですが」
小娘の動きが、止まった。 ーーいい顔だ。 もっと見せてくれ。
「……教頭先生が、ですか」
「校長代行だ。 訂正したまえ」
「失礼しました。 校長代行が」
「そうだ」
俺は、書類の一行をペンで消した。 線を引くときの音が、実に心地よい。
「行事の総括は、本来学校側の職務だ。 生徒に任せてきたこれまでが異常だったのだよ」
「……はい」
「不満か?」
「いいえ」
小娘は、しばらく黙っていた。 それから、ゆっくりと顔を上げた。
ーー無表情だった。 恐怖を覚えるくらいに。
「わかりました。 訂正しておきます」
「……う、うむ。 君は本来の生徒として、運動に励みなさい」
「……」
「そうしたまえ。 汗を流すのも学生の本分だ」
「はい、わかりました……」
ふん。 殊勝なことだ。 所詮は子供。 権限を取り上げてしまえば、こんなものだ。 あの校長は、こんなこともできなかったのか?
「あの、校長代行」
「なんだ」
「当日、開会の挨拶もされるんですか」
「当然だ」
私は、胸を張った。
「校長として、最初の挨拶になるからな。 ……生徒諸君に、伝えるべきことは多い」
「長くなりますか?」
「そうだな。 用意はしている」
実を言えば、原稿はもう書いてある。 十五枚だ。
俺の晴れ舞台だ、少しくらい長くても、罰は当たるまい。
「そうですか」
小娘は、書類を胸に抱えた。 そして、一礼した。 扉が閉まった。
妙に静かな部屋で、私は椅子の背もたれに体を預けた。 ぎしり、と音が鳴る。
ーーなんだ、退出する挨拶もなしか? まるで、これ以上喋っても無駄だと思っているみたいだったな。 まあいい。
私は、机の引き出しから原稿を取り出した。 十五枚の束。
ーー楽しみだな。 当日は、たっぷりと聞かせてやろう。




