美羽の心境 ーーひとみ視点
時間を少し戻すぜ。 旅館に着いて、瑞稀たちが温泉に向かった直後のことだ。
アタイは部屋に残って、ご馳走を堪能中の美羽に話しかけてた。
ーーもう、アタイは耐えられそうにネェぞ?
「おい、美羽! 瑞稀のお前に対する態度はどうなってやがるんだ!」
「まあ。 ひとみ。 落ち着いてくださいませ」
はぁ? 落ち着けるかよ。 見ている方の目にもなれってんだ!
最近ずっとだ。 美羽が話しかける、瑞稀は答えない。 最初からそこに誰もいねぇみたいに振る舞ってやがる。
温泉に行く時だってそうだ。 瑞稀は凛と舞香と彩乃だけを連れていった。 目の前にいた美羽を、きっちり数から外して。
「⋯⋯面白いですわよね」
「はぁ?」
「他人行儀になったりしたことは、いくらかありましたわ。 ですが、今度はこんな反応をとるなんて⋯⋯」
美羽は口元に手を当てて、くすくすと笑っていた。
ーーおい。 こっちは気が気じゃねぇのに、なんで当のお前は楽しんでやがるんだ!
「瑞稀は、私のことが理解できないようですわ。 つまり、瑞稀にとって私はエラー。 その結果、存在そのものを排除しているようですわ」
「⋯⋯エラー、だと?」
「ええ。 処理できない情報は、無かったことにする。 ⋯⋯とても合理的ですわね。 とても瑞稀らしい対応ですこと。 ……ホホホ」
ーー合理的。 そんな言葉で片づけていいのかよ、それ。
アタイは、こいつの顔をまじまじと見た。
笑ってやがる。 いつもの、腹の立つくらい自信たっぷりの笑い方で。
ーーだが。
「⋯⋯美羽。 お前、手が震えてるぜ」
「⋯⋯」
「隠すなよ。 ⋯⋯さっきからずっとだ」
美羽は自分の手を見下ろした。 それから、袖の中にゆっくり引っ込めた。
「⋯⋯ひとみは、意地悪ですわね」
「ふん」
「大丈夫ですわ。 ……すぐに止まりますのよ」
しばらく、二人とも黙った。
「⋯⋯ねえ、ひとみ」
「なんだよ」
「……私っておかしいのですか?」
「そんなことねぇよ!」
ーー他人を好きになる気持ちがおかしいなんてあり得ない。 それが、同性だろうと、いくらその気持ちが重かろうが、な。
「私は、瑞稀を愛していますの。 ライクじゃなくて、ラブですわ」
アタイは、返す言葉が出てこなかった。
「でも、瑞稀にとっては、それは理解できないことのようですの……瑞稀は、自分が愛される存在ではないと決めつけているようですわ」
「⋯⋯美羽」
「だから笑うしかないんですのよ、ひとみ」
こいつは、笑っていないと立っていられねぇんだ。
こいつは自分の気持ちを、笑いに変えて誤魔化してやがる。
「⋯⋯なあ、美羽」
「なんですの」
「アタイが瑞稀に言ってやろうか。 目ぇ覚ませって」
「⋯⋯やめてくださいまし」
「なんでだよ!」
「⋯⋯彩乃が、既にやりましたの」
ーー彩乃が?
「あの子、瑞稀に言いましたのよ。 そしたら……」
背筋が凍った。 瑞稀は危険だ。 そうわかっているのに、アタイは瑞稀を無視できねぇ。
ーーそうさ。 アタイもすでに、アイツの魅力に取り憑かれている。
「⋯⋯だから、ひとみ。 今は待つしかありませんの、だって」
「だって?」
ーー瑞稀は約束してくれたから、答えを伝えてくれるって。
美羽は、掠れた小さな声でそう呟いた。 まるでそれを信じることだけが、今の希望だというようにーー
「⋯⋯なあ。 なんでそこまでできるんだよ」
「⋯⋯だって、私」
美羽は袖から手を出して、窓に触れた。
「瑞稀がいない明日なんかに、興味はありませんもの……」
「……お前。 本当に変わったんだな」
ーー櫻井美羽。 お前はことねの右腕になることのために生まれた存在だったはず。 ことねのためだけに存在する人間だったはずだ。
それが、こうも変わってしまうなんてなぁーー
◇◇◇
その後、卓球台を見つけたアタイは、瑞稀たちと合流した。
そして、美羽と一時間ぶっ通しで打ち合う羽目になった。 こいつ、体力おかしいだろ。
「ひとみ! まだまだですわよ!」
「うるせぇ! 次で決めてやる!」
美羽は本気で笑っていた。 さっきの笑い方とは、全然違う顔で。
ーーちくしょう。
アタイは、お前らのことが嫌いじゃねぇんだ。 だから余計に、腹が立つ。
休憩所の向こうで、麦茶を飲んでいる瑞稀が見えた。 こっちを見ていた。
その目には、なんの感情も浮かんでいなかった。
ーーおい、倉石瑞稀。 なんだ、その面はよ? ぶん殴るぞ?




