ひとみの極秘任務 その12
案の定、開会式の後アタイたちは、瑞稀に呼び出された。
集められたのは、彩乃にブーイングをかました連中ーーつまり、アタイとファンクラブの主力だ。 理由も告げずに集めやがった。
瑞稀は明里の投擲をバッチリ見てた。 アタイはそれを知ってる。 だが、テメーがどこまで動くのかはわからねぇ。 なら、こっちは「何も知らねぇ女」を演じるまでよ。
「⋯⋯倉石さん。 なんですかこれ? 早くしてくださいよ。 私はこの後、用事があるんです!」
アタイは、あえてイラついた態度で先制した。 猫は被るが、従順な猫じゃねぇ。 揺さぶって、アイツの出方を見る。
「⋯⋯貴方達を集めた理由に、心当たりがないんですか?」
「ハア? ⋯⋯まったくありませんね!」
「「そうだ! そうだ! 早く解放しろ!」」
部下たちも調子を合わせる。 よし、いい流れだ。 と、思った瞬間だった。
「⋯⋯私! 見てたんだから! 貴方達が彩乃に、罵声を浴びせたのをね」
ーーほう? そう来たか。 瑞稀の声に、怒りが乗ってた。 演技にしちゃ、ずいぶん熱いじゃねぇか。
「それで? ⋯⋯もう、用事がないなら解散でいいですか?」
「彩乃に謝って⋯⋯」
「ああ、はいはい。 ごめんなさい。 ⋯⋯これで満足ですか?」
「私にじゃない! 彩乃に謝ってよ!」
瑞稀が、怒鳴り声を上げた。 騒ぎに気づいた一部の生徒たちがこちらを見る。
瑞稀の顔に「しまった」が浮かんだ。 ーーオイオイ、マジかよ。 今のも演技だな。 随分とお上手なことで。
「アァ、うるセェ。 ⋯⋯それで? 桐原さんはどちらにいるんですか?」
「⋯⋯その前に、事情聴取をします⋯⋯」
瑞稀は深呼吸した。 切り替え早ぇなァ?
「倉石さん~? まだですか~? 早くしてくださいね~」
アタイは煽り続ける。 揺さぶりの手は緩めねぇぜ。
「⋯⋯なぜそんなことをしたんです⋯⋯はわわさん?」
「⋯⋯⋯」
ーーはわわさん、と来たか。 その呼び名はな、テメーがアタイの猫被りに気づいてるって宣言なんだよ。 会ってすぐにそう言って来たな?
アタイは黙って、瑞稀を静かに睨み返した。 途端に部下たちが慌て始めた。
「⋯⋯あの、倉石会長。 すみませんでした。 桐原さんに謝ってきます!」
「彩乃さんを探しに行きます。 ⋯⋯ですので、この辺りで私達は失礼させていただく⋯⋯」
「姉貴⋯⋯ここは引き下がりましょう」
「⋯⋯そうですか。 彩乃はこの時間、クラス模擬店のシェフをしています。 ⋯⋯すみませんが、謝罪は午後からお願いしますね」
「ンだよ! ⋯⋯それならそうと、ささっと言ってください」
「まだ、全然事情聴取が終わってないですよ」
「⋯⋯ことね様に勝って欲しかった。 それだけですが? なにか?」
嘘は言ってねぇ。 ブーイングの動機はそれで全部だ。 ーー問題は、次だった。
「二人がじゃんけんをしたタイミングで、何者かがゴミを投げ込みました。 それは、貴方達の仕業ですか?」
「アァ? アンだって!」
「えっと⋯⋯貴方の差し金ですか? はわわさん?」
ーー差し金、だと?
頭が、一瞬で沸騰した。
アタイが? 明里にやらせた? ふざけんなよ。 アタイはあの瞬間、止めようとしたんだぜ。 ことね様の晴れ舞台を汚す行為を、このアタイが指示するわけがねぇだろうが!
気づいた時には、瑞稀の胸ぐらを掴んでた。
その時だ。 アイツはアタイに向けて侮蔑な表情を浮かべやがった。
ーーああ、結果タダのモブかぁ。 とでも、言いたげな面だった。
「テメー! 大人しく下手に出てたら、アホ抜かしやがって!」
ーーああ、わかってる。 わかってるさ。 掴んだ瞬間、頭の隅の冷静なアタイが言ってたよ。 「これ、乗せられてるぞ」ってな。 だが止まらなかった。
ことね絡みになると、アタイはダメなんだ。
部下たちが慌ててアタイを抑えた。 瑞稀はふらつきながらも立ってやがる。
「離せ! このアマはシメてやる!」
「グ、ゴホォ。 ⋯⋯それが貴方の本性ですか? 吉澤ひとみさん」
ーーフルネーム。
頭に上った血が、すっと引いた。 はわわさん、から、吉澤ひとみさん、へ。 呼び方を切り替えるタイミングまで設計済みって訳か。
「ふん。 ⋯⋯今更名前をフルネームで呼ぶなんて⋯⋯ワザとアタイを怒らせたかったのか?」
「⋯⋯そうだと言ったら?」
「面白レェ。 ⋯⋯もういい。 暴れたりしないから離せ!」
認めやがった。 堂々とな。
アタイの本性を、衆人環視の前で引きずり出す。 それがコイツの狙いだった。
ーー完敗だぜ。 揺さぶってたつもりが、揺さぶられてたのはアタイの方だ。
だがな、こうなりゃ話は早い。 猫の被り直しなんて面倒はやめだ。 アタイは瑞稀を睨んで、続けた。
「⋯⋯アタイはな、イラついてんだ! 誰だ! ゴミを投げ込んだ奴は! ことね様の勝負の邪魔をしやがって」
ーーそうさ。 これはアタイの本音で、同時に探りだ。
犯人が明里だってことは、アタイが一番よく知ってる。 知った上で聞いてるんだ。 テメーがどう答えるかでな?
「⋯⋯私、犯人を目撃しました」
ーー言いやがったぞ、コイツ。
「ハア? おい倉石! さっさと吐け! 神子様に荒なす者に、裁きの鉄槌を与えてくれる⋯⋯」
「えっ、嫌ですけど?」
「ざっけんなよテメ!」
思わず二度目の突撃をかます。 部下たちがまた抑えにかかる。 すまねぇ、今のは八割演技だ。 二割は本気だが。
「ゴホォ。 ⋯⋯あれです。 このままでは、犯人はおそらく罪を認めません。 ですので⋯⋯徹底に追い詰めないと」
「ああ? ンなもんチンタラやってられっかよ? ボコれば終わりだろ?」
「一緒に捜査しようよ、ね?」
瑞稀が、アタイの機嫌を取るように笑った。
ーーハッ。 これだよ、これ。
「犯人を目撃した」なら、捜査なんて要らねぇだろ? 名前を言や終わりだ。 なのにコイツは、わざわざアタイと「一緒に捜査」する状況を作りやがった。
狙いはなんだ? 明里を泳がせて何かを探る気か。 それとも、アタイと行動する口実が欲しかったのか。
どっちにしろ、乗ってやるぜ。 観察するには、隣が一番の特等席だからなぁ?
「⋯⋯チッ。 わーったよ。 付き合ってやる」
こうして、アタイと瑞稀の共同捜査が始まった。




