じゃあさよならね? 瑞稀?
「……という訳で、ひとみはことねと世界に閉じこめられましたとさ。 めでたしめでたし。 どう? バットエンドだったでしょ?」
「いや、ちょっと待ってよ! 全然終わってないよ!」
バットエンドっていうか、中途半端じゃない? 私のそんな疑問を悟ってか、ことねは私に対して微笑してきた。
「これで終わりでいいじゃない? こっからの話は貴方にとっていい話ではないわよ? 倉石瑞稀?」
ことねは、まるで私を気遣うように、私にそう告げる。
「それでも、私は知りたい。 その物語の私はどうなったの?」
「わかったわよ……結論から言うと、ひとみは帰って来なかった。 みんなを傷つけるだけ傷つけて、ひとみは消えたのよ。 ……そして、悪霊は今度は瑞稀に取り憑いた。 いや、正確には、瑞稀。 貴方がその力を欲したのよ」
「私が……欲した?」
思わず、自分の胸元を掴んでいた。 心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
「そうよ。 考えてもみなさい。 あれだけ怯えて、布団の中で震えていた子が、どうして真っ先に『生徒会長になりたい』なんて言えたのかしら」
ことねは、見えない扇子でも広げるみたいに、優雅に指先を揺らした。
「勇気? 成長? ――違うわ。 復讐よ。 貴方はね、復讐したかった。 だったら答えは簡単。 力を手に入れればいい」
「……」
「悪霊はね、そういう心の隙間が大好物なのよ。 私という重石が消えた学園。 空っぽの玉座。 そして、恐怖を力に変えたいと願う小さな女の子。 ――これ以上ないほどの好条件だったでしょうね」
まるでことねは、私自身に言っているみたいだった。
「……その物語の私は、最後どうなったの?」
「ある意味で立派なものだったわよ? 他校に行って大暴れ。 当事者たちを根絶やしに屈服させていったわね。 主犯の三人組には、酷い仕返しも……」
「ゴク……」
「……貴方。 もしかして、私よりタチ悪いのかしら?」
ことねは、すっと目を細めた。 私はことねから目を背ける。
「私は、自分が悪役だと知っていたわ。 嫌われることを引き受けた上で、あの玉座に座っていたの。 でも物語の貴方は違う。 貴方は欲望のために力を使い、そして悪霊に飲まれた。 それから……」
「もう、やめてよ……」
「はいはい、おしまい。 これが本当のバッドエンドよ」
私は、何も言えなかった。 だって、否定できなかったから。
怖いのは嫌だし、餌食になるのは嫌だ。 だけど強くなりたい! 誰にも脅かされない場所に立ちたい。 ――その気持ちは、今の私の中にもある。
きっと、物語の私と私を隔てる壁なんてないだろう。
「……ねえ、ことね。 それは、絶対に起きない話なんだよね?」
縋るように尋ねた私に、ことねは笑った。 とびきり綺麗で、とびきり意地の悪い、あの悪役令嬢の笑顔で。
「さあ、どうかしらね。 これは『選ばれなかった物語』。 ――それとも、『まだ選ばれていない物語』かしら?」
「ことね!」
「ふふ、冗談よ。 ……でもね、瑞稀。 一つだけ覚えておきなさい」
ことねは、物語の幕を下ろすみたいに、ぱたんと本を閉じる仕草をしてみせた。
「結末を決めるのは、語り部の私じゃない。 主人公の、貴方自身よ」
「私、自身?」
「私が言いたいことは、これで終わり。 もう消えていいわよ、瑞稀?」
そう言うと、ことねは悲しそうな顔で、私に消えるように言うのだった。




