計画が見破られるのは計画の内? ーーことね視点
不気味な気配のする廊下の中。 教室前で、ひとみは黒いローブのまま腕を組んでいたわ。
目の前には、桐原舞香。 両手を胸の前で握りしめて、今にも泣きそうな顔でひとみを見上げていたわね。
「ひとみちゃん、お願い! こんなこと止めて! とても、嫌な予感がするの……」
うるさい、と思っていたでしょうね。 それに、さっきからひとみの様子が変になってきたわね。
(ワスレテナイゾ)
気分が悪くて、ひとみはローブのフードを目深に被り直しながら、内心で舌打ちしたわ。 儀式の準備で抜け出してきたのに、よりにもよってこの娘に目をつけられるなんて、と。
「……ひぃ。 わ、私は別に……行かなくても……私なんかが行っても、無意味ですよ〜」
「凛ちゃんを止められるのは、ひとみさんだけです!」
舞香は距離を詰めてきたわ。 光に照らされたピンク色の髪が、ふわりと揺れたわね。
「今日の吉澤さん、変だよ。 そんな黒いローブなんか着て、倉石さんと櫻井さんに何をしたの!」
ひとみは俯いたまま、フードの陰で目を細めたわ。 この娘は扱いにくい、と思っていたようね。
(マイカ、オマエノ、デバンハ、アトダ。 ヨウヤク、トキガキタ。 オマエノ、オヤニ、ハバマレタガ、コンドハ、クラウ。 ソノタメニ、マーキング、シタノダカラ……)
――あら。 ひとみの意思が、いよいよおかしくなってきたわね。 ひとみ自身も、自分の意識の異変に気づいていたようね。
「……聞いているの? 体育館に来て!」
舞香の声が、廊下に響いたわ。 本人も驚いたのか、慌てて手で口を塞いだわね。
ひとみは、朦朧とし始めた頭で考えていたわ。
体育館に全校生徒が集まる。 希望だの絆だの、薄っぺらい熱気で膨れ上がった群れ。 そこでもし、その希望が一斉に絶望へ裏返ったら――神子様への供物として、極上の御馳走になるのではないか、と。
のこのこ付いていくだけで、儀式の仕上げの場が向こうから用意される。 ひとみは、笑いが漏れそうになるのを、唇を噛んで堪えていたわ。
「……はわわ。 わかりましたぁ」
弱々しく、上目遣いで。 涙の一滴でも滲ませれば完璧、と思っていたのでしょうね。
「うん! 行こう!」
舞香の顔が、ぱあっと明るくなったわ。 単純な娘ね。
舞香はひとみの手を取って、嬉しそうに歩き出したわ。 繋がれた手のひらから、体温が伝わってきたでしょうね。
――ひとみの意識は、もう駄目らしいわ。 神子様、と。
◇◇◇
ひとみは、舞香の後について行ったわ。 話によると、体育館の中で舞香と黒装束が交戦しているらしいの。
――計画通り、とひとみは思っていたわ。 体が勝手に動いて、頭が朦朧とする以外は。 まったく最悪な気分だ、と。
体育館の扉を、舞香が両手で押し開けたわ。 中は、混沌とフラッシュバックによる恐怖で、混乱状態のはずだったの。
――でも、おかしいわね。 物音一つしないわ。
全校生徒が集まっているはずの体育館は、薄暗く、がらんとしていたの。 高窓から差し込む光は鈍い鉛色で、磨かれた床板だけが、にぶく濡れたように光っていたわ。
「……なんだ? なんで、誰もいねぇんだ!」
まさかの事態に、ひとみは戸惑ったわね。 ――素が漏れてしまったわ。 その背後で、もう一人が入ってきて、扉がゆっくりと閉まったの。
それは凛ね。 体育館で暴れているはずだったのにね。
「舞香! 生徒たちは、全員避難させたわ!」
「ありがとう! 凛ちゃん!」
「ドウイウコトダ……」
「吉澤さん。 貴方の行為は、全てお見通しです!」
「オマエラ、ヨケイナコトヲ……」
ひとみの――いえ、もうひとみのものではない唇が、勝手に吊り上がっていったわ。
『オマエノ、アネハ、ドコニイル?』
「……お姉ちゃんには、近づけさせない。 もう、これ以上お姉ちゃんを苦しめたくないから!」
「……吉澤? さっきから、様子がおかしいわよ? なにがどうなっているのよ! 説明してよ!」
――ひとみの意識は、分裂していたようね。 頭が朦朧として、体の主導権が奪われていく。 ひとみ自身にも、それがわかっていたわ。
『……ナライイ。 マイカ、オマエクラウ』
ローブの裾から、紫黒の靄が滲み出したわ。 床を這い、壁を舐め、バスケットゴールの影を喰って広がっていったの。 フードの下で、ひとみの目が光を放つのが、本人にもわかったようね。
「ひっ……!」
凛が悲鳴を上げて後ずさり、舞香が咄嗟に凛を背に庇ったわ。 凛は、胸の前で手を握りしめ、震えていたわね。
『キリハラマイカ。 ヨウヤク、アエタナ』
ひとみの喉から出たのは、ひとみの声ではなかったわ。 幾重にも重なった、軋むような音。
「……そうだね。 私も、会いたかったよ? あの日、私とお姉ちゃんは、貴方に魅入られ、マーキングされた」
「……マーキング? そ、それに、貴方たちは会ったことあるの? なにがあったのよ!」
凛の顔から、血の気が引いていったわ。
『オマエノ、オヤガ、ジャマヲシタ。 ダガ、シシャハ、モウ、マモレナイ。 オマエハ、オレノエサダ……』
――餌、ねぇ。 その餌があれば、神子様は蘇るのか、とひとみは考えていたわ。
いいえ、違うわね。 ひとみは、ようやく気づいたのよ。 自分が利用されていたことに。
いつからだったのか。 ひとみは、いつ、この何かに魅入られたのか――。




