掃除をするのも計画の内? ーーことね視点
翌日、ひとみはラフな私服で瑞稀の家にやってきた。
本当はこんな姿、ひとみは瑞稀に晒すつもりはなかったでしょうね。 掃除だからという建前で、自分の普段着を計画相手に見せるんですもの。
ーー服は、心の鎧。 それをひとみも理解しているのだから。
そして手には、家から持ってきた掃除道具一式。 ゴム手袋、雑巾、洗剤、ゴミ袋。 ーー万全の装備ね。 意気込んで、ひとみは玄関のチャイムを鳴らした。
しかし、反応がない。 なにやってんだ? とでも思っているのでしょうね。
ひとみは、舌打ちしながら、スマホを取り出したわ。 瑞稀の番号を呼び出し、通話ボタンを押す。 数コール後、ようやく繋がる。
『⋯⋯ふぁ⋯⋯い⋯⋯』
「⋯⋯あの。 倉石さん? 吉澤です。 今、お家の前に来てるんですけど……約束、覚えてます?」
『⋯⋯あぁ⋯⋯』
「あの〜 玄関、開けてください〜」
『⋯⋯んー⋯⋯めんどくさいなぁ⋯⋯吉澤さん、また今度でいい? 私、まだ眠いから⋯⋯』
「⋯⋯はぁ?」
『じゃ⋯⋯おやすみぃ⋯⋯』
「ちょっ、倉石さんっ⋯⋯!」
プツン。 通話が切れた。 それとも切れたのは、ひとみの堪忍袋かしらね?
「ざっけっんじゃねぞ!」
ひとみは、思わず素の声で呻いたわ。 でも、気を取り直したの。 彼女は、おどおどとした気弱な女子高生を演じないといけないから。
そこで、ひとみが行った行為はピッキングだった。 靴を脱いで、家に上がった。
昨日と変わらない、散らかったリビング。 階段を上がって、二階の一番奥の部屋。 扉が、半開きになっていた。 ベッドの上で、制服姿のままシーツに包まって眠っている瑞稀を発見したわ。
ーー制服のまま? 昨日、寝間着に着替えもせず、そのまま寝たのか、コイツ。 しかも、髪も結んだまま。 メガネは枕元に放り出されている。 顔の横にはよだれの跡。 その寝顔はうなされていたわ。
ーー知るかよ! ひとみは、頭を振った。 感傷的になってる場合じゃない、とね。 ふふ、振り払おうとするその仕草こそが、もう揺らいでいる証拠なのに。
「はわわ。 倉石さん〜」
猫被りの声で、優しく呼びかける。
「う、うん⋯⋯ん⋯⋯」
「起きてくださーい」
「⋯⋯んん⋯⋯」
ガバッ! ひとみは、瑞稀にかかっているシーツを引き剥がした。
「な、なに!? 吉澤さん、なんで家の中にいるのっ?」
ようやく飛び起きたわ。 目をパチパチさせて、伊達メガネを慌ててかけたわ。
「⋯⋯倉石さんが、開けてくれないからですよぉ。 はわわ、勝手に入っちゃってごめんなさい〜」
「い、いつの間に⋯⋯」
瑞稀は、ボーっとした顔で頭を掻いた。
「⋯⋯さ、起きてください。 今日は、お掃除する日ですよ?」
「⋯⋯えー⋯⋯面倒くさいよ!」
「えー、じゃありません! 昨日、約束したじゃないですか!」
「⋯⋯うー⋯⋯おやすみ」
まだ布団に戻ろうとする瑞稀。 ひとみは、その腕を掴んで、引きずり起こした。
ひとみは掃除を始める前に、瑞稀に着替えを促した。 制服姿で掃除なんてしたら、汚れるでしょう?
ーーまあ、それと。 瑞稀の心の鎧を奪いたかったんでしょうね。
「ホラ。 瑞稀、着替えろよな」
「え? ……別にこの格好でいいよ」
そう言うと、瑞稀は部屋から出ていく。 渋々、ひとみもそれに続いたわ。
そうして、掃除が始まった。 当然ひとみは、テキパキと動く。 まず、リビングのテーブル。 コンビニ弁当の空き容器、カップ麺、ペットボトル、菓子袋。 全部、ゴミ袋に放り込む。 燃えるゴミと、プラスチック、ペットボトルで、きちんと分別。 ーー本当にマメな子ね。
「燃えるゴミの日、いつですか?」
「⋯⋯知らない」
「プラは? ペットボトルは?」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯はぁ。 あとで、市のサイトで確認しておいてくださいね?」
「わかったよ……」
ひとみは、ため息をつきながら、作業を続ける。 ソファの上の洗濯物の山を、洗濯機に放り込む。 白いもの、色物、デリケートなもの。 ーー仕分けをしながら。
「倉石さん、洗剤、どこですか?」
「⋯⋯」
「柔軟剤は?」
「⋯⋯柔軟剤って、なに?」
ーーこの少女、洗濯すらしたことがないらしい。 ひとみは、内心舌打ちしながら、洗濯機を回し始めたのでしょうね。
「⋯⋯吉澤さん、すごいねぇ⋯⋯」
瑞稀は床に座って、ひとみを眺めているだけ。
「⋯⋯倉石さん? 手が止まってますよ?」
「⋯⋯どうしたらいいか、わからないし……それに」
「それに?」
「⋯⋯めんどくさいよぉ⋯⋯」
「ハア!?」
ひとみの中の本性が、危うく顔を出しかけた。 しかし、グッと堪える。 ふふ、その忍耐強さは、いったい誰のためのものかしらね。
「⋯⋯倉石さん。 じゃあ、簡単なお仕事をお願いします? このゴミ袋、玄関先に運んでくれませんか?」
「⋯⋯うー⋯⋯」
「お願いしますね? 倉石さん?」
「しょうがないな……運ぶだけなら……」
猫被りの優しい声で、ねっとりと頼む。 瑞稀は、しぶしぶ立ち上がって、ゴミ袋を引きずって運んでいった。
数時間後。 リビングは、見違えるように綺麗になった。 テーブルの上は、空っぽ。 ソファの上にも、何もない。 床にも、ゴミ一つ落ちていない。
「すごい⋯⋯うちのリビング、こんなに広かったんだぁ⋯⋯」
「⋯⋯当たり前ですよ、お掃除すれば」
ひとみは、額の汗を拭った。 ーー最後は、瑞稀の部屋よ。




