偽善行為も計画の内? ーーことね視点
「⋯⋯吉澤さん。 よかったら、私の家に来ない?」
放課後、教室の片隅で文化祭の発表計画を練っていた時、瑞稀がぽつりとそう言った。
ーーふふ。 ひとみは内心、ほくそ笑んでいるでしょうね。 まさか、駒の方から距離を詰めてくるなんてね。
「はわわ。 いいんですか? 倉石さんのお家にお邪魔しても?」
「うん。 吉澤さんなら⋯⋯私、嬉しいよ」
瑞稀は、ほんの少しだけひとみを見て、目を伏せた。
ひとみは、瑞稀と一緒に家に向かった。 こぢんまりとした一軒家。 外観は普通。
ーーしかし、玄関先に立った瞬間、ひとみは違和感を覚えたはずよ。
郵便受けに、新聞が何日分も溜まっている。 玄関ポーチには、枯れた鉢植え。
ひとみがそれを注視していると、瑞稀が動揺し始める。
「……ごめん。 あんまり見ないで……」
「あうう。 すみません」
ひとみは瑞稀の指示に従ったけれど、家の中の様子が気になり始めたのでしょうね。
ーー中に入った瞬間、ひとみは息を呑んだ。
玄関には、雑多に脱ぎ散らかされた靴。 テーブルの上には、コンビニ弁当の空き容器が積み上げられている。 カップ麺のカップ。 ペットボトル。 菓子の袋。 日付が一週間前のおにぎりの包装。 ソファの上には、洗濯物が山のように積まれていた。 いつから放置されているのか、わからない衣類たち。
台所を覗き込めば、シンクにはまともな調理をした形跡がない。
ーーなんだ、これは。 ひとみは綺麗好きだからね? 相当苛ついたでしょ。
その後、瑞稀紹介の時にした事情を聞かされ、ひとみは言葉を失ったでしょうね。 壊れた娘の世話をして、母親も壊れた。 父親は、単身赴任で帰ってこない。
この高校生の少女が、たった一人で、この家に住んでいる。 コンビニ弁当とカップ麺で、命を繋いでいる。
ーーおいおい。 最悪じゃねぇか、とね。
ひとみの胸の奥で、また、あのざわつきが起きたのでしょう。 今度は、不快感ではなかったはずよ。 もっと、言葉にならない、不可解な感情。 誰に対しての怒りなのか、あの子自身にもわからない。 単身赴任の父親に? 壊れた母親に? 瑞稀をここまで追い込んだ、神子様による『あの件』に?
ーー神子様に対して怒り? 馬鹿な、と。 神子様は絶対だ。 神子様ーーつまり私に対して、怒りなど抱くわけがない、とね。
「⋯⋯倉石さん。 今日、ご飯はどうしてるんですか?」
「⋯⋯コンビニで買ってきた、おにぎり⋯⋯と、カップ麺⋯⋯」
「⋯⋯倉石さん。 私、お味噌汁を作ります」
「⋯⋯え?」
「だって⋯⋯これじゃあ、身体壊しちゃいます。 文化祭、大事な日が来るんですよ? その日まで、倉石さんには元気でいてもらわないと⋯⋯ダメじゃないですか」
断じて、瑞稀を放っておけなかったわけじゃない。 ひとみは、そう自分に言い聞かせているわね。
「でも⋯⋯材料が、なにもないよ⋯⋯」
「休日に作るから用意しておいてください! えっと⋯⋯お味噌、お出汁の素、お豆腐、お葱⋯⋯あと、お米とお鍋。 今日はもう、私もそんなに時間がないので⋯⋯次回、一緒に作りましょう?」
「⋯⋯面倒くさいなぁ」
「ハアァ?」
「……吉澤さん?」
「ゴホン。 はわわ、よろしくお願いしますね?」
瑞稀は、ぽかんとひとみを見ていた。 まるで、自分が何を言われているのかわからないという顔をして。
ーーそうだ。 コイツはきっと、こういう『普通の優しさ』を、長らく受けていない。
ひとみの猫被りの『偽物の優しさ』ですら、この子には『本物』に見えてしまう。 哀れなものね。
「⋯⋯吉澤さん」
「はい?」
「⋯⋯ありがとう。 本当に⋯⋯ありがとう」
瑞稀の目に、涙が滲んでいた。 暗かった目に、ささやかに、光が灯っている。
ーー使える、はずだ。 ひとみは、早くも瑞稀の心に取り入った。 その日はそれだけ言い残して、瑞稀の家を後にした。
ふふ。 けれど、ひとみ。 貴方は気づいているかしら。 その『偽物』が、いつの間にか貴方自身の胸を疼かせていることに。




