託された想い
「凛? どうしてここにいるの?」
私は登壇に駆け寄り、凛に詰め寄った。 彼女はどこか決意を込めた視線を、私に向けていた。 その瞳には、決意が滲んでいる、気がする。
「待ってたよ、瑞稀」
「凛も着替えたの? 残念だよ……」
「そう言う瑞稀こそ……ってそんなことはいいの!」
凛は、ゆっくりと口を開いた。
「貴方に伝えないといけないことがあるの……」
「何を……」
凛は、わずかに目を伏せた。 言葉を選ぶように、唇を噛む。
「彩乃と舞香が、この世界から消えたって言えば伝わる?」
「……!」
心臓が、どくんと跳ねた。 間髪入れずに、ことねも続けた。
「ああ、ひとみも消えたわよ……」
「そっか……」
ーー消えた。 その言葉が、私の頭の中で響く。
「……あの子、最後に面白いことを言っていたわ。 聞きたい?」
私が感傷に浸っていると、ことねが愉しげに口を挟んでくる。 ワザとらしくスカートを揺らしながら、私の周りをくるりと回る。
膝から力が抜けそうになる。 みんな、消えていく。
ーー私を残して、理想を叶えたんだ。
「……瑞稀」
「凛?」
凛が、私の肩にそっと手を置いた。
「……舞香が、消える前に伝言を残していったの。 貴方に、どうしても伝えてほしいって、言ってたわ」
「……舞香が? 何だろう……」
「伝えるわね……」
凛は頷き、その言葉を紡いだ。
「『過去に囚われないで、必ず戻って来て』って言ってたわ……」
「……なにそれ? 勝手だね。 ……そして、勝手に君だけ消えるんだ」
舞香の声が、耳の奥で蘇る。 舞香を、私は裏切り者だと罵ったのに。
「舞香……ごめん……ごめんね……」
涙が滲んだ。 視界がぼやける。 ーーと、その時だった。
「やあ諸君! よく集まってくれた!」
突然、朗々とした声が体育館に響き渡った。 誰?
「……え? 誰?」
驚いて顔を上げると、いつの間にか壇上の中央に、校長先生が立っていた。
「……校長先生? ……なんで、そんなに元気なの?」
ーー何かがおかしい。 整然と並ぶ生徒たちは、まるで人形のように無表情で、ぴくりとも動かないのに。 そんな異様な空気の中で、校長先生だけが、やけに生き生きとしていた。
ーーまさか。 生徒たちは偽物で、校長先生だけ本物?
「本日は、まことに喜ばしい日である! さて、私が思うに、教育とは人間形成の根幹をなすものであり、すなわち、知・徳・体の調和こそが! 我が理想学園の理念であり! ひいては未来を担う若人たちの……」
演説が、止まらない。 ああ、長い! イライラする。
校長先生は、額に汗を浮かべながら、身振り手振りを交えて延々と語り続けた。
一分、二分、五分。 生徒たちは身じろぎひとつせず、ただ静かに聞いている。
「そしてだな、諸君! 私が若い頃の話だが! あれは確か三十年前の……」
ーー長い、長すぎるよ! 苛立ちが募ってきた私は、すぐに止めようとした。
「やめておきなさい」
「ことね?」
ことねが、私の腕をそっと掴んで止める。
「あれが、あの人の理想なのよ……」
「はあ? ……なに言っているの?」
ことねは、どこか呆れたような目で、校長先生を見つめていた。
「演説をすること。 誰かに、自分の言葉を聞いてもらうこと。 ……それが、あの人の願いだったの。 ……なぜか少しだけ罪悪感があるわ」
「……なにそれ」
私は、思わずジト目になりかけた。 ーーけれど。
ふと、前の世界での校長先生のことを思い出す。 職員室の隅で、いつも誰にも相手にされず、寂しそうにしていた背中を。 生徒からは煙たがられ、私自身も、まともに話を聞いたことなんてなかった。 それどころか、私は校長先生のお話をキャンセルさせていたのだ。
ーーそっか。 あの人にも、願いがあったんだ。
胸の奥に、ほんの少しだけ、罪悪感が芽生えた。
「以上である! 諸君の輝かしい未来を、心より祈っている!」
万雷の拍手を幻聴のように残して、校長先生の姿が、ふっと消えていった。 その顔は、満足げに微笑んでいた。 元の世界に戻ったら、考えよう。
「さて、誰から行く?」
「……瑞稀。 ドライな子ね? そういうの、私は好きよ?」
私が呟くと、ことねは小さく肩をすくめた。 そうかな?
静寂が戻った体育館。 その中で、凛が一歩、前に進み出た。
「瑞稀……私、行くね」
「凛……」
凛は、まっすぐに私を見つめた。 そして、ゆっくりと、この学校への想いを語り始めたのだった。




