演じているお姉ちゃん ーー舞香視点
私が中学三年生になった春。 今日は、お姉ちゃんの入学式当日だ。
理想学園の制服に身を包むお姉ちゃんは、暗い顔をしていた。
もちろん、私もただこの状況を黙って見ていたわけではない。
スマホで調べたりした。 だって、病気になっちゃったんだ。
お姉ちゃんの妹である私が、なんとかしないと。 そう思って、検索ボックスに「中二病 なおしかた」と打ち込んだ。 画面に記事が出てきた。
中二病とは、思春期にありがちな背伸びした言動の総称。 自分は特別な存在だと思い込む。 「右手が疼く」などと言い出す。 謎のノートを作成する。
それに加えて、ことねお姉ちゃんは、「いないはずのものが視えてしまう」って言ってた。
そして、その治し方は、基本的に放っておけば自然に治るらしい。
「え? ほっとくの……それって大丈夫?」
私は、思わず声が漏れた。 放っておけないよ! だって、お姉ちゃん、夜になると泣いてるんだもん! 中二病って泣いたりしないんじゃないの?
ーーまさか、ことねお姉ちゃん。 嘘ついている? 一瞬、そう思ったけど。 首を振る。
ーーなぜなら、たしかに中二病の症状が出ていたからだ。
手元にあるノートを見ながら、お姉ちゃんは呟いた。
「……あ。 やっぱり、こうなってしまうのね。 わかっている事実を目の前で自覚すると、やっぱりたじろいてしまうわ……」
今日の朝、目玉焼きを作っていたお姉ちゃんは、完成した料理に呟いていた。
目玉焼きを見ると、その一つが崩れていた。
「入学式当日の作っていた目玉焼きの黄身が潰れる……やっぱり、定めからは逃れられないのよね……」
お姉ちゃんが、ぶつぶつ呟いているのは、今が初めてではない。
こんなことを、私に聞かれていないと思って、いつも呟いているんだ。
私の目は、お姉ちゃんの持っているノートに意思が向いた。
そのノートはくたびれていて、何度も読み込まれた後があった。
ーーそこで、私はある結論に思い至った。 お姉ちゃんは、没入型中二病ではないかと。
完全に、自分を役者だと思っているんだ。 ヒロインかな?
私の考え、間違っていると思う? でもね。 それが間違ってなかったって、すぐにわかったんだ!
「どうして? ここまで、原作とまったく一緒だったじゃない! なんで今日は違うの!」
「お姉ちゃんどうしたの? ⋯⋯いつもブツブツうるさいけど、今日は一段と変だよ?」
夜、私はお姉ちゃんの様子を伺っていると、頭を抱えて呻いていた。 問いかけても、まったく私に反応しない。
「こんなはず⋯⋯そうよこんなはずは⋯⋯だってこの世界は⋯⋯」
そう言いながら、お姉ちゃんが取り出したのは、あの台本ーー
「川端ことね! ⋯⋯なによアイツのあの態度! ……アイツ初対面なのに、私を知っている口ぶりをして……」
ことねお姉ちゃんから聞いたけど、同じクラスになったんだよね? 初対面ってどういうこと? 抱っこされたの覚えてないの?
ーーでも。 お姉ちゃんの態度を見て、いよいよ私は理解した。
やっぱり、お姉ちゃんとことねお姉ちゃんは知り合いじゃなかったんだ。
どうしよう。 お姉ちゃんの病気に、赤の他人を巻き込んでたよ!
「こんなの、許すはずないわ! 川端ことね! ⋯⋯明日貴方の本性を暴いて見せる!」
「大丈夫? お姉ちゃん? 病院に行く?」
「⋯⋯舞香。 お姉ちゃん、頑張るから!」
「⋯⋯どうしよう。 ⋯⋯お姉ちゃんに相談しなきゃ!」
このままじゃ、ことねお姉ちゃんに申し訳ないよ。 私は慌てて連絡をした。
「ことねお姉ちゃん! ごめんなさい……」
「……どうしたの、舞香」
「お姉ちゃんの遊びに、巻き込んでしまって……」
私は、最近のお姉ちゃんと触れ合って、思った考察を告げた。
「……思うの。 本当に、ごめんなさい!」
「なるほど。 それは深刻ね。 大丈夫よ、クラスメイトの私に任せなさい」
「ありがとうございます……」
「私たちの間に、敬語は不要よ」
ことねお姉ちゃんーーことねの言葉が私に響く。
引越してできた初めての友達だった。
ーーこの時の私は、ことねがこの地で、どんな人なのか知らなかった。




