ありのままの自分でーーことね視点
「瑞稀……に、私の秘密がある」
凛は、私の話を最後まで聞いていたわ。 姿勢を正して、太ももに手を置いて。
まさに、いい所のお嬢さんね。 美羽と同じねーー
そして、瞳の奥に、迷いが見える。 けど、進む道を見つけたみたいね。
まったく。 いい顔をするじゃない。 欲しくなったわ。 黒田凛ーー
「ねえ。 私、貴方に興味を持ったわ……」
「え! 川端さん……」
「……でも。 その話は、今度にしましょう。 それよりも……」
「はい。 ありがとうございました……」
凛は深く頷くと、踵を返して玄関へと向かった。
瑞稀や、舞香の元へ向かったのね。
「行ってらっしゃい……凛」
「……!」
私の言葉に、凛は振り返らなかった。 けれど、扉が閉まる直前、その肩がほんの少しだけ動いたのが見えた。 ふふ。 聞こえたかしら?
扉が、静かに閉まる。 残されたのは、私とひとみだけ。
ふと、制服の裾を引かれる感触がした。 見れば、ひとみが私の腕にしがみついている。 先ほどから静かで、様子がおかしいとは思っていたわよ。
その瞳には、もう堪えきれないとばかりに大粒の涙が浮かんでいた。
「……ひとみ?」
「ビゴザバ!! アダジガビバズガダ!!」
名を呼ぶと、ひとみは私の胸に顔を埋めて泣き出した。 細い肩が、小刻みに震えている。 そしてやっぱり、私の体を弄ぶ。
ーーまったく。 この子は、本当に。
私は溜息を一つ落として、けれど振り払うことはせず、強く抱きしめた。
崇められることには慣れていても、こうして縋りつかれることには慣れないわね。
「ひとみ。 貴方、なに言ってるの?」
私は、できるだけ静かに問いかけた。
彼女がこの世界にいる理由ーー それは、なぜなのか。
「ひとみ。 貴方の理想は、なに? 貴方は、何を望んでいるの……」
その問いに、ひとみは肩を震わせた。 けれど、ゆっくりと顔を上げる。 涙に濡れた頬を優しく見つめる。
「……神子様」
「……はあ。 結局、その呼び方ね」
「私の理想は、神子様と一緒に暮らすことでした……」
告げられた言葉に、私はわずかに眉を寄せる。
ーーでしょうね。 貴方には家があるはずなのに、ここにいる。 そのことが異変なのよ。
「初めてお会いした時……私、思ったんです。 この方の隣にいたい、この方を支えたいって」
ひとみの指が、私の制服をきつく握りしめる。
「だから、頑張りました。 役に立てるように、少しでも近づけるように。 ことねさまが光なら、アタイは影。 貴方に存在を認知されなくても、その光を浴びていたいって……ずっと、ずっとそう思って」
ひとみの言葉が、震えながら紡がれていく。 私は黙って頷く。
「でも、本当は違ったんです。 ……アタイはただ、貴方の側にいたかった。 できるだけずっと、側に。 貴方に、私を染めて欲しかった……」
ひとみの表情がさらに沈む。
「……だけど。 無理だ。 貴方には、湊がいる。 美羽もいる。 そして、瑞稀がいる。 ……わかっていた。 最初からアタイの居場所なんて、貴方の周りにはなかったんだ!」
ーーなにそれ? この子は、そんなちっぽけなことを悩んでいたの?
「アタイ、ことねさまのいない世界なんて、考えられないんです。 ことねさまがいなくなったら……アタイ、どうやって息をすればいいのか、わからない。 もし、消えたりしたら、他人を犠牲にして呼び戻します!」
うん。 『私』の話によると、本当にそうしようとしたらしいわね、貴方。
「これって……重い、ですよね。 きっと、迷惑ですよね。 へへへ、わかってます。 でも、止められないんです。 この気持ちだけは、どうしても……貴方と共に生きたいんです……」
ひとみは、再び私の胸に顔を埋めた。 先ほどよりも、もっと強く。 まるで、離せば消えてしまうとでもいうように。
この子の、この不器用で、まっすぐすぎる想い。 私は誤解していたわね。
「……ひとみ」
私は、彼女の髪をそっと撫でた。
「ひとみ、言いたいことがあるんだけど……」
「はい、なんでしょうか?」
ひとみが、はっと顔を上げる。
「なんで貴方、そんな格好しているの?」
「神子様の趣味でしょう?」
「私に、そんな趣味ないわよ?」
「メイド服は趣味じゃないと……」
その瞳が、大きく見開かれた。
「私の隣に居られる条件を教えてあげる。 ありのままの自分でいることよ」
「……ありのままの自分ですね。 わかりました神子様!」
ーーあれ? ひとみ、この子わかっているのかしら?
私が、ひとみをジト目で見ているとーー
「ありのままの自分……嫌われ。 あれ? どこかで聞いたぞ?」
『⋯⋯ひとみん。 ことねはね、猫被りされるのが嫌なんだよ』
「……あ。 そういうことかよ。 瑞稀……」
ひとみが呆然と、言葉を繋ぐ。 その時、彼女の体が消え始めた。
「ははは。 そうかよ! 瑞稀の奴。 アタイもイカレてたぜ!」
「……ひとみ?」
「神子様……いや、ことね。 一言、言っておくぞ……」
ーー倉石瑞稀には、気をつけろ。
ひとみは、それだけを言い残してこの世界から消えた。




