姫様と、ことねの想い ーーことね視点
まず、大前提として。 貴方に言っておきたいことがあるの。
川端ことねには、産まれてから去年の文化祭まで、一人の体に魂が二人あったの。 突然、びっくりした顔をしたわね貴方。
ーーまあ。 私と『私』の話をすると終わらないから、今は別の人間がいるくらいに思っていてね。
それで、その姫様が私。 あの子がことねでよろしくね。
◇◇◇
この学校に来る前の私は、孤独を感じていたわ。
ーー神子。 この土地に代々受け継がれる、特別な役目を背負った少女。
私を産んだことでその任が解かれた両親は、夢を追って遠くへ行ってしまったわ。
その両親の代わりに、幼馴染の湊と二人で暮らしていたの。
学校での私は、奇妙な立ち位置にいたわ。
ある奴は、私を神聖なものとして崇めた。 まるで触れてはならない偶像のように、遠くから手を合わせる奴すらいた。 またある奴は、その逆だった。 気味が悪いと、嫌悪のまなざしを向ける奴もいたわ。
対照的な崇める奴と嫌う奴。 共通点は、私には近づかないということよ。
クラスメイトたちは、誰一人として私の隣に立とうとはしなかったわ。
なぜかって? 下手に関わって、私に何か無礼があれば、私の熱心な信者たちに何をされるかわからないからよ。
ーーそこにいる。 ひとみが一例ね。
そんな恐れが、見えない壁になって、私の周りをぐるりと囲んでいたのよ。
だから、私には友達がいなかった。
例外は、一つ年上の先輩ーー柳田健太くらい。
彼とどうして仲良くなったのか、その経緯はまた別の話だけれどね。
ーーともかく、彼を除けば、誰も私に近づいたりしなかった。
ことねと私の世界にいるのは、あの湊だけだった。
「……ねえ」
ある日の放課後。 誰もいなくなった教室で、私は窓の外を見ながら、ぽつりと呟いたの。
「……私、いつか。 みんなと仲良くできるかしら?」
「大丈夫だよ! 私には、私がいるでしょ?」
ことねの語尾だけは、いつものように元気だった。 けれど、その横顔は、ひどく寂しそうだったのを覚えているわ。
――この子は、強がっている。 私の境遇がここまで酷いとは、思っていなかったのよね、ことねは。
ことねが、明るく振る舞えば振る舞うほど、その奥にある孤独が、もう一人の私には透けて見えた。 ーーだって、私も寂しいから。
誰にも届かない祈りのような、私たちの思い。 私は、ただ静かに彼女の心の中で聞いていることしかできなかった。
まだ、この時の私には、この状況を覆す術がなかったのだから。
どう語ればいいかしら。 ことねが見るものを見て、ことねが聞くものを聞いて。 または、その逆の状態。 そう、私たちは二人で一人だったわ。
ことねは本当に、私を励ましているつもりだった。
――おかしな話でしょう。 すぐ側にいるのに、なぜか遠い存在。
私はずっと、寂しくなかったと言えば、嘘になる。
ーーけれど。 不思議と、苦しくはなかったの。
だって、ことねが笑えば、私も笑えた。 ことねが泣けば、私も泣いた。 世界中の誰もが私に背を向けても、ことねだけは、誰よりも近くで彼女を見ていられたのだから。
そうね。 湊のことも、話しておかなくてはね。
ことねにとって、湊は特別だった。 幼馴染で、同居人で。 そして、ことねがひそかに想いを寄せる相手。
ーーしかし、それは私にとってもそうだった。
神子だなんだと遠巻きにされる中で、湊だけは、ことねを「ことね」として扱ってくれた。 崇めもせず、嫌いもせず。 ただの女の子として、隣にいてくれたの。
湊との何でもないやり取りのとき、ことねの心が一番あたたかくなるのを、私は知っていた。
――ねえ、ことね。 貴方、湊のこと好きでしょう。
私もそうなのよ。 知ってるって? あ、そう。
何度、そう声をかけたかったか。 なんだか、ずるいような、切ないような心地だったわ。
だってあの子は、湊に気安く話しかけるんだから。 私は、恥ずかしくて上手く会話できないのに。
そんな孤独な日々の中、私は気づいたの。 上に立てばいいんだって。
ーーそして、命令するのよ。 私の友達になりなさいってね。




