凛の理想 ーー黒田凛視点
ことねさんは、しばらく黙って考え込んでいたが、やがて、立ち上がった。
「決めたわ。 桐原家に行きましょう」
その声は、迷いのない声だった。
「悪霊にしろ、何にしろ。 実際に見てみないことには、始まらないわ。 舞香も心配だし……」
意気揚々と、玄関へ向かおうとすることねさん。 その後ろを、ひとみが当然のようについていこうとする。
「へへへ。 ことね。 やってやりましょう! アタイたちの実力なら悪霊なんて、コテンパンだぜ!」
「待って!」
その時、声を上げたのは、瑞稀だった。 強い声で二人を制止させたわ。
「ことね。 ……それ、私と美羽に行かせてもらえませんか」
「瑞稀……」
美羽も、立ち上がった。 その目は、決意に満ちていた。
「ことね。 お願いしますわ! 私たちに、行かせてくださいですの!」
美羽の目は、まっすぐで、真剣だった。
ことねは、二人を見比べた。 その目に、かすかな不審の色が浮かんでいた。
「……貴方達。 怪しいわね……」
「おい。 怪しいってよ! 残念だなぁ、お前ら……」
「……」
ーー怪しい。 ことねさんのまさかの発言に、固まる私。
けれど、ことねは、それ以上問い詰めなかった。
「⋯⋯わかったわ。 二人に任せる」
ちらりと、ことねが私を見た。 どうして?
ーーああ。 私のことが、気になっているんだ。 まだ、何も知らないこの私のことが。
「ただし。 何かあったら、すぐ連絡しなさい。 いいわね?」
「はい。 ありがとうございます」
私も一緒に行く。 その言葉は、ことねさんの目で遮られた。
瑞稀と美羽は、足早に家を出ていった。 二人の背中は、どこか思い詰めているように見えた。
ーーパタン、と玄関の閉まる音。
残されたのは、私とひとみと川端ことね。
静まったリビングで、ことねはゆっくりとソファに座り直した。 そしてまっすぐに私を見つめる。
「さて」
その瞳には、底の知れない光が宿っていた。
「凛。 一つ、聞いてもいいかしら」
私は、息を呑んだ。
「貴方の理想は、何かしら?」
「理想。 ……ですか」
まさかの発言に、私は考え込んだ。
ーー私の理想。 それは、なんだろう。
私の父ーー黒田幕斗。 私たち家族にとっては優しいお父さんだ。
しかし、それは私たちだけ。 この土地の人たちの大半には『成金社長』や『地上げ屋』などと呼ばれる始末。
ーー当然、その娘の私も、あの『黒田幕斗の娘』と見られて、遠巻きにされて、友達なんてできなかった。
私も、そしてお兄ちゃんやお姉ちゃんも、父を慕っているし、大好きだ。 しかし、それだけでは私の孤独は埋められないものだった。
私は、普通の少女なのに。 なにも、特別なことなんてないのにーー
「……うぐっ」
そんなことを、考えたからか、私の目には涙が流れていた。
「おいおい。 泣くなよな〜」
ひとみが、私にティッシュを渡した。 私は、涙を拭いた。
「……ふん。 貴方の気持ち。 わかるわよ」
「……え?」
ことねさんは、過去を思い出すように、遠い目で上を見あげた。
「聞いてくれるかしら……私の話を」
「はい。 お願いします」
私は、彼女の話を聞くことにした。
何か、私の答えが見つかることを期待しながらーー




