彩乃の考察 ーー凛視点
「私がこの世界のヒロインだったのよ……」
私は、ジト目になるのを堪えた。 まだ、決まった訳じゃない。
「……えっと。 目的は?」
「……川端ことね。 悪役令嬢である彼女を、倒す話よ!」
「そうなんですね〜」
「……そのはず、だったんだけど、全然ことねの様子が違うじゃない? ……まあ、後から、同じだって気づいたけど……」
そう言うと、彩乃は頭を振った。
「その事実は置いといて……」
「……はあ」
「最近⋯⋯舞香が、おかしくなったの」
「⋯⋯おかしく」
「高校に上がる前くらいから。 舞香が、いないはずのお父さんとお母さんを、見るようになった……」
彩乃の指が、震えながら、マグカップを握りしめる。
「最初はね、私も信じたかったの。 本当に、二人が戻ってきてくれたんじゃないかって」
「⋯⋯」
「でも、違うの。 舞香の見ているお父さんとお母さんは、舞香にしか見えない。 しかも、舞香にとって、都合のいいことしか言わない」
「⋯⋯都合の、いいこと」
「『舞香は可愛いね』『舞香は偉いね』『舞香の好きなようにしていいよ』⋯⋯そんなことばっかり……」
私は、夕飯の席を思い出した。 舞香が「お母さんも遊びに来てねって」「お父さん、りんちゃんのこと褒めてくれてる」と、嬉しそうに言っていたこと。
ーー舞香にとって、優しい両親。
「⋯⋯私ね、思うの」
「⋯⋯」
「あの悪霊は、消えたんじゃない!」
「⋯⋯!」
「幻を見せてる。 舞香が一番欲しい、お父さんとお母さんの幻を」
「⋯⋯なんで」
「舞香を、油断させるためよ!」
彩乃が、私の方を、まっすぐに見た。 その瞳には、はっきりとした怯えがあった。
「悪霊は、待ってるの。 舞香が、心の底から幻に身を委ねた、その瞬間を。 そうしたら、舞香の魂を丸ごと食べてしまうつもりなのよ!」
「⋯⋯そんな」
「だから、私はね。 舞香に合わせるしかないの」
「⋯⋯」
「『お母さんもお父さんもいない』って言ったら、舞香は壊れちゃう。 でも、合わせ続ければ、悪霊が満足して、いつか出てくるかもしれない。 その時に、なんとかしないと、いけない」
彩乃の声は、絞り出すようだった。
「お父さんもお母さんもいないのに、舞香の前では『いる』ことにして。 誰にも言えなくて。 ずっと、一人で⋯⋯?」
「……瑞稀にも、伝える勇気が出なくてね……」
マグカップを、ベンチに置く。 そして、隣に座る彩乃の体を、そっと抱きしめた。
「⋯⋯っ。 凛、ちゃん」
「⋯⋯ごめんなさい。 私、何にも知らなくて」
「⋯⋯」
「舞香に、いつも明るく接してもらって。 私、舞香に救われて。 なのに、彩乃さんが、こんなにも⋯⋯」
彩乃の肩が、震え始めた。 堪えきれなくなったように、私の肩に、額を埋める。
「⋯⋯ずっと、怖かった」
「⋯⋯うん」
「いつか、舞香が⋯⋯本当に、いなくなっちゃうんじゃないかって」
「⋯⋯うん」
「私、舞香しか、いないのに⋯⋯」
ーー私と、同じだ。
私には舞香しかいない。 彩乃さんにも、舞香しかいない。
舞香は、私たちの、太陽だ。 失ったら、二人とも、生きていけない。
夜風が、二人の間を、すり抜けていった。 マグカップのココアは、もう、ぬるくなり始めていた。
ーーでも、私は、思った。
舞香を、悪霊なんかに、渡さない。
彩乃さん一人に、背負わせない。
今ようやく。 私が、誰かのためにできることが、見つかった気がした。
「彩乃さん! 瑞稀に相談します! 私、明日行きます!」
「……! ……わかったわ。 よろしくね、凛ちゃん」




