彩乃の告白 ーー凛視点
「⋯⋯私と舞香にね。 昔、お父さんとお母さんがいたの」
「⋯⋯」
「私ってば、当たり前のこと言ってるわね……」
彩乃は、自嘲気味に小さく笑った。
「お父さんはね、優しい人だった。 よく、私を抱っこしてくれた。 ……私、甘えん坊だったの。 舞香が生まれた後も、お父さんに抱っこしてもらいたくて、いつもお父さんの足にしがみついてた」
ココアの湯気が、彩乃の口元で揺れる。
「お母さんはね、優しくて、強い人だった。 私たちのことを、何より大切にしてくれてた」
「⋯⋯」
「⋯⋯二人ともね、私が小さい頃に、死んじゃったの」
彩乃の声は、淡々としていた。 まるで、何度も何度も、自分に言い聞かせてきたみたいに。
「家族で、この街に出かけたの。 私と舞香の、誕生日祝いで。 お父さんの持ち家の見学も兼ねてね。 初めて村から出たの。 お母さんも初めての外出だって、嬉しそうだった……」
「⋯⋯」
「でもね。 帰り道に、寂れた神社の前を通ったの。 そこに⋯⋯いたの」
「⋯⋯いた?」
彩乃が、ゆっくり頷いた。
「悪霊が」
その言葉に、私は息を呑んだ。
「悪霊ですか?」
「信じられないよね。 でもね、本当なの……」
彩乃は、私の方を見なかった。 まっすぐに、夜の闇を見つめていた。
「桐原の家はね。 代々、霊感の強い血筋なの。 お母さんも見える人だった。 私と舞香も、小さい頃は見えてた……」
「⋯⋯」
「その悪霊はね。 すごく強くて、飢えてて。 私と舞香を、食べようとしてた。それに対抗するために、お母さんがね、お父さんの手を取ったの。 桐原の家に伝わる、最後の手段である術を使うために」
「⋯⋯」
「自分の命を、依代にする術。 夫婦の縁で結ばれていれば、お父さんも一緒に⋯⋯」
彩乃の声が、途切れた。
「⋯⋯二人とも、私と舞香の代わりに、死んでくれた」
「そんな……」
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。 彩乃が、こんなにも疲れた顔をしている理由が、少しだけわかった気がした。
「お父さんは、何にも見えてなかったの。 悪霊のことも、術のことも、本当の意味では、わかってなかった」
「⋯⋯」
「でもね、お母さんが『命を懸ける』って言ったから、お父さんも一緒に懸けたの。 ただ、それだけの理由で」
彩乃の目から、ぽろりと、涙が落ちた。 マグカップの表面に、ぽつんと染みを作る。
「私ね、ずっと⋯⋯ずっと、思ってた。 もし、私と舞香が霊感なんてなかったら。 もし、あの日、神社の前を通らなかったら。 お父さんもお母さんも、死ななかったって」
「⋯⋯彩乃さん」
「⋯⋯ごめんね、こんな話して」
彩乃が、慌てたように、目元を拭った。
「⋯⋯私、聞きたい」
「⋯⋯凛ちゃん」
「彩乃さんが、ずっと一人で抱えてきたことなら⋯⋯私、聞きたい」
彩乃は、何度か瞬きをして、それから、小さく頷いた。
「⋯⋯ありがとう」
ーー二人とも亡くなって、今は、彩乃と舞香だけ。 そう、彩乃さんは言った。
でも、それなら。
「⋯⋯あの、彩乃さん」
「⋯⋯うん」
「舞香が、見ている、お母さんとお父さんは⋯⋯」
彩乃の肩が、びくりと震えた。
しばらくの沈黙の後、彩乃は、ゆっくりと口を開いた。
「⋯⋯ここからが、本題なの」
「⋯⋯」
「あの日、悪霊はね、消える前に、私と舞香に⋯⋯マーキング、みたいなことをしたの」
「⋯⋯マーキング?」
「うん。 黒い靄が、私たちの体にまとわりついて。 『また、お前らを食う。 それまでお預けだ』って⋯⋯」
彩乃の声が、震えていた。
「あの日を境に、私と舞香から、霊感は消えたの。 完全に。 何も見えなくなった」
「でも、最近⋯⋯見えるようになったの。 私がこの世界のヒロインだって思い出した、あの日よ……」
ーーえっと? この人、突然どうしたのかしら?




