想いを伝えあう二人
ひとみがことねに運ばれていったあと、リビングには私と櫻井さんだけが残っていた。
「瑞稀」
「……櫻井さん」
櫻井さんが、私のパーカーの袖を掴む。
「瑞稀」
「……うん」
「どうして、わたくしのことを、櫻井さんって呼びますの?」
「それは……」
無意識のうちに、手を握り拳にしていた。
ーー伝えるんだ。 私の今の気持ちを、彼女に。
「……櫻井さん。 私ね、怖かったんだ……」
「怖いですの?」
「……うん。 ……櫻井さんの様子が変わって。 ……私の中の櫻井さんは、もっと、こう⋯⋯」
言葉が、続かなかった。
私の中の「ミウミウ」は、お嬢様口調の、生意気な親友だった。 私のことでいつも怒っているけど、ご飯が大好きな友達ーー
それが、この世界に来てからの櫻井さんは、全然違った。
「……私ね。 最初、櫻井さんに嫌われてると思ってた」
「……え!? そ、そんなことありえませんわ! ……瑞稀、瑞稀!」
「……うん。 落ち着いて!」
動揺する彼女を落ち着かせる。 安心させるために、次の言葉を声に出す。
ーー怖いよ。 彼女に私の本心を伝えるのが怖いよ!
でも、櫻井さんが私をじっと見つめている。 伝えるんだ! 私の気持ちを彼女に。 正直に伝えないとーー
「でも、違った。 私のことを⋯⋯好きなんだよね? ……それがね、わからなかったの。 怖かったの……」
「……」
「だから、距離を保つために。 ……櫻井さんって、呼んでた」
ーー言ってしまった。 顔が熱い。 膝の上の手が汗ばんでいる。
「……ありがとう、瑞稀」
「うん」
「私の気持ちも聞いてくださいませんこと?」
「わかった、聞くよ……」
彼女の声は、どこか震えていた。
「あの日。 校庭で、瑞稀を見つけたあの日の話ですわ。 貴方は、雪に埋まって。 唇は紫色で、足元は血と凍傷で、ぐちゃぐちゃでしたわ。 私は叫びましたわ。 何度も。 私は一晩病室で過ごしましたわ。 明日になれば、きっと大丈夫! そう、信じていましたの……翌朝、私は学校に行きましたの。 教室に入った瞬間。 わたくしは、立ち止まりましたわ。 瑞稀の机がないことに……わたくしは、目を疑いましたの。 いつも瑞稀が、居眠りしながら座っていたあの席が。 まるで、最初から存在しなかったかのように、消えていましたの……みんな誰一人として、そのことを気にしていないですの。 瑞稀を誰も覚えていなかった……そして、気づいたら病室にいましたわ……目の前に瑞稀がいる。 眠ったまま、動かない瑞稀がいる。 瑞稀を覚えているのは、私だけ……そう気づいた瞬間。 私の中で、何かが崩れていきましたの……それが何だったのか、今でもわかりませんの。 ……常識かもしれませんし、世界への信頼かもしれませんわ。 ……でも、一つだけ決めましたの。 私は、絶対に、瑞稀を忘れないって。 私にとっては貴方が、全てだから……」
櫻井さんの話が、終わった。 私は、何も言えなかった。 目の奥が、なぜか熱くなった。
彼女の急な距離の近さ。 異様な執着、目の視線の正体。
それは全部、私を思っていたことだったんだ! それなのに私はーー
「……ごめん」
「謝らないでくださいませ!」
「うん。 でも、ごめん。 何もわかってなかった……」
ーーそして私は勇気を出して、彼女にこう言った。
「ミウミウ」
「……はい」
「ミウミウって、呼んでもいい?」
「……ええ」
「……ミウミウ」
「はい」
「ありがとう。 ……覚えていてくれて」
櫻井さんが、ーーミウミウが、私の肩にそっと頭を預けた。
「……瑞稀。 やっと、呼んでくれましたわね!」
ーー正直にいうとまだ怖い。 けど、一歩ずつ進んで行こう。
「……ふん。 世話を焼かせる二人ね。 わざわざ、他人の家でじゃれ合うなんてね……」
「本当だぜ、まったく!」




