料理はサイエンス
ことねは、満足げな表情を浮かべながら、カレーの鍋を見つめていた。
茶色い液体の中に浮かんでいた、バナナとトマトそしてチョコはどこかへ消えた。
「ふふ……これで、湊も喜ぶわね」
「ことね! 具材が消えたよ? どこにいったの?」
「瑞稀……溶けたのよ。 カレーと一体化したの……」
「一体化! ……料理って不思議だね!」
料理って不思議なんだね! 私、ワクワクするよ!
「瑞稀? 駄目ですわよ! 料理は実験じゃないですの!」
「サイコパスかよ……」
その時、玄関の方から、ガチャリと扉が開く音が聞こえた。
「ただいまー……って、なんだこの状況」
帰ってきたのは、湊だった。両手にスーパーの袋を抱えながら、廊下で立ち尽くしている。
「あ。 湊、おかえり」
「お邪魔してます……」
「……倉石か。 って、美羽とひとみ、なんで首輪付けられて繋がれてんだ?」
「湊! 助けてくださいまし!」
「湊! 神子様を止めてくれよ!」
「何やってんだ? お前ら……」
二人が、湊に向かって必死に叫ぶ。 湊はため息をつきながら、買い物袋を置いてキッチンへやってきた。
「……おい、ことね」
「おかえりなさい 湊……」
「なんでことねが台所に立っているんだ? 駄目だって言ったのに……」
湊は、鍋の中身を覗き込んだ瞬間、不思議な表情をする。
「……ことね」
「なあに?」
「これ、なんだ」
「カレーよ。 画期的な隠し味満載のレシピなの……」
「画期的って、やけに甘い匂いがするんだが……」
湊は手を洗った後、お玉にカレーを掬って、お皿に入れた。
一方ことねは、どこか挑発的な笑みを浮かべている。
湊は、スプーンでカレーの匂いを嗅いでいた。
「……どうしたの湊? 私の作った料理に問題ある?」
「……なんか、変なモノが入っている気がするな……」
「ふふ。 秘密よ? 隠し味だからね……」
ことねは、私には見せたことがない表情で、湊をみつめていた。
湊は、ことねの顔をじっと見つめてから、観念したように小さくため息をついた。
「……ことね」
「なあに?」
「その顔されたら、断れねぇの、わかってんだろ……」
「ふふ。 だから、出してるのよ」
湊は、苦虫を噛み潰したような顔をしながら、ゆっくりと口を開いた。
ーーごくり。
茶色い液体が、湊の口の中に流し込まれる。 台所が、しんと静まり返った。
「……」
「どう、湊?」
「……」
「湊?」
湊は、無言のまま、宙を見つめていた。その表情からは、何の感情も読み取れない。
数秒後、湊はゆっくりと口を開いた。
「……バナナ、トマト、コーヒー、チョコ、納豆……」
「あら。 残念ね…… 隠し味が全部バレちゃったわ……」
「う〜ん。 あ。 う……」
「ふふ。湊の反応、可愛いわね……」
ことねは、楽しそうに笑っている。 湊は、悩ましげな表情を、ことねに向ける。
「あら。 湊、全部食べたのね? おかわりする?」
「……ああ」
今度はことねがカレーを入れた。 今度は米も一緒だ。
その横で、ひとみと櫻井さんは、安堵の表情を浮かべていた。
「……助かりましたわね、ひとみん」
「ああ。 湊が犠牲になってくれたおかげで、アタイたちは助かったぜ……」
「お前らも一緒に食え! ……ことね、用意してくれるか?」
「ええ、すでに用意済みよ……」
ことねはドヤ顔で、カレーを私にくれた。 あれ? 食べないと駄目?
「……倉石。 なに惚けているんだ。 お前も一緒に作ったんだろ?」
「そうだけど……」
ーーまさか、私も食べるとは。 だったら、コーヒーは入れなかったのに。
「……私、苦いのが苦手なんだよね」
「瑞稀、だったらなぜコーヒーを入れたのかしら?」
「言い訳はいいから、食おうぜ!」
「……見た目は普通のカレーだよな……」
ことねは自分の分のカレーライスをよそい、残りを櫻井さんの前に置く。
「ホラ。 美羽お待たせ。 じゃ、食べるわよ……」
『いただきます……』
味はご想像にお任せします。 全部残さず食べたことだけは伝えておくね。
ーーお残しダメ絶対!




