川端家へようこそ
彩乃と舞香の様子に不審が残る中、私と櫻井さんは、川端家にやってきた。
ピンポーンというチャイムの音が、異様な程に静かな住宅街に響き渡る。
ーーこの家の中に、ことねがいる。 保健室での出来事を思い出すと、顔が熱くなってしまう。
私はどのように、彼女に接すればいいんだろう?
「瑞稀、どうしましたの?」
「……別に、なんでもないよ」
櫻井さんが、不思議そうな顔で私を覗き込む。 私は慌てて視線を逸らした。
しばらく待っていると、玄関の扉がガチャリと開いた。 顔を覗かせたのは、私の予想を裏切る人物だった。
「吉澤さん……」
「あ? 瑞稀かよ! それに、美羽か。 なんのようだァ?」
吉澤ひとみ。 彼女は、なぜか川端家の玄関先にネコの着ぐるみ姿で立っていた。
なんでそんな姿で? ここって、ことねの家のはずだよね? まさか、一緒に住んでいるの?
私が混乱していると、櫻井さんが代わりに口を開いた。
「ひとみん。 湊はお留守ですの?」
「ああ。 買い物だよアイツは。 ……まあ、入れや」
ひとみが、私たちを家の中へ招き入れる。 私は櫻井さんと一緒に玄関へ足を踏み入れた。
靴を脱いで廊下を進む。 川端家の中は相変わらず整理されていた。
「吉澤さん? なんで、ネコの着ぐるみなの?」
「神子様が今日は、これを着ろって言うからニャ?」
ふわふわの黒い毛並み、ぴょこんと立った猫耳。 手にはお揃いの肉球付き手袋まで装着している。 完璧な猫スタイルだ。
「神子様が言うには、家でネコを飼いたかったんだそうだぜ」
「湊はことねがネコを飼うことに、毎回否定的でしたからね……」
櫻井さんは、頷くようにひとみの言葉に追従した。
「⋯⋯ひとみ。なにしてるのよ」
その時、廊下の方から呆れたような声が聞こえた。
振り返ると、そこには制服姿のことねが立っていた。 茶色の高いポニーテールを揺らしながら、その腕には首輪とリードが握られていた。
「瑞稀、美羽、よく来たわね……」
ことねは私たちに視線を向けると、軽く挨拶をした。 かと思いきや、素早い動きで首輪をひとみと櫻井さんに繋いで、リードを適当な棒にロックした。
「あ、しまった!」
「⋯⋯ちょっと、ことね。今からなにするつもりですの?」
「決まってるじゃない。お客様が来たんだもの。手料理を振る舞うのが礼儀でしょう?」
ことねの口から出た言葉に、私は耳を疑った。 手料理をことねが作る?
「楽しみだな。 ことねが料理を作っている所、見たことないから……」
「瑞稀?!」
「お前は知らないから、そんなことを言うんだ! ……神子様、おやめください!」
「ツーン。 私はことねだから……」
櫻井さんとひとみが必死になってことねを止めようとする。 しかし、思ったより頑丈なリールに繋がれたようで二人は動けないらしい。
ことねは二人の制止を意に介さない。 エプロンを身につけながら、不敵な笑みを浮かべた。
「今日はね、新しいレシピを試したかったのよ。 楽しみだわ……」
「⋯⋯新しい、レシピ?」
「ええ。 ネットで見つけた、画期的な料理よ……」
ーーネットで見つけた、画期的な料理。
ことねは冷蔵庫を開けると、次々と食材を取り出していった。 トマト、バナナ、チョコレート、そして納豆ーー
「ええ! あり得ないよ、川端さん!」
「そうだぜ、あり得ないよな、瑞稀!」
「それじゃ、普通に美味しいだけだよ?」
「瑞稀? ……駄目ですわ、瑞稀はことね側でしたわ!」
櫻井さんが、頭を抱えている。
その横で、猫の着ぐるみを着たひとみが、なぜか涙目になっていた。
「ああ。 湊に言われてたのに……台所に入れるなって」
「ひとみん! 貴方もですの!」
ことねの歓迎会料理が始まろうとしていたーー




