桐原家の謎
櫻井さんは、私の手を握ったまま、得意げに、胸を張った。 寝巻きの胸元が、強調されて、私は、思わず、目を逸らした。
食べる前と後で、まったく変わってないじゃん! どんな体なの?
「……えっと、櫻井さん?」
「なんですの?」
「一緒に生活、っていうか……」
「あら、ご不満ですの?」
「ふ、不満っていうか……」
ーーこのミウミウの偽物と、二人きりで、生活する? いやいや、無理だってば!
毎朝、寝巻き姿の櫻井さんに、起こされる? 毎晩、同じベッドで、寝る? お風呂は? 着替えは?
駄目だ! 心臓が、もたないよ! だって私ーー
「あ、あのさ、櫻井さん。 提案があるんだけど」
「提案?」
「桐原家に行かない?」
「彩乃とマイマイの、お家ですの?」
「うん。 ほら、彩乃とマイマイしかいないでしょ? 女の子だけだし、安心じゃん! 彩乃は料理、上手いし……」
私は、必死で、まくし立てた。 櫻井さんは、首を傾げて、考え込んでいる。
ーーそうだよ。 桐原家なら、彩乃と舞香の二人だけ。 女子三人と櫻井さんで、四人。 大人数の方が、絶対安心だよ!
「……まあ、いいですわ。 彩乃さんも、心配ですものね」
「で、でしょ? じゃあ、行こ!」
「えぇ……、瑞稀ったら、急ですわね?」
私は、櫻井さんの腕を、引っ張った。 寝巻きのままの櫻井さんを、慌てて、着替えさせて。 私たちは、桐原家へ、向かった。
私は、インターホンを、押した。
ピンポーン。
しばらく、沈黙が、続いた。 もう一度、押す。
『……はい』
彩乃の声だ。 いつもより、低い。 警戒している、ような、声色。
「……彩乃? 私、瑞稀。 あと櫻井さんも一緒なんだけど」
『瑞稀じゃない! どうしたのよ? おでかけする?』
「……えっと、櫻井さんと、二人で泊まるのも、なんだから、お邪魔しようかなって」
『……無理』
「え?」
『……それは、ダメよ。 おでかけなら、歓迎するわ!』
「ちょ、ちょっと待ってよ、彩乃。 なんで?」
『……理由は、言えない』
私は、櫻井さんと、顔を見合わせた。 櫻井さんも、眉を、ひそめている。
ーー彩乃が、私を追い返そうとするなんて。 いつもの彩乃なら、喜んで招き入れてくれるのに。
「彩乃。 なんかあったの?」
『……何も、ないわよ!』
「嘘だ。 絶対、何かあるでしょ」
『……』
彩乃は、黙ってしまった。 インターホンの向こうで、息を呑むような気配がする。
ーーその時、だった。
『お母さん、今日の朝ご飯はなに〜』
ーーマイマイの、声がする。 明るくて無邪気な、いつもの彼女の声。
でも、何かが、おかしい。
「マイマイ! 貴方もですの!」
櫻井さんはそう言うと、頭を抱えていた。
ーーショックなことがあったらしい。 どうしたんだろう?
一方、彩乃の声が、遠くなった。 インターホンから、少し、離れた、みたい。
『お父さん。 美味しいね〜』
『ーー!』
ガチャッ、と、インターホンが、切れた。 強引に、切られた、感じだった。
「……えっ」
私は、思わず、固まった。 櫻井さんも、目を、丸くしている。
「……マイマイ。 瑞稀、今のは……」
「……どうしたんだろ? 意味わからないや?」
理解できない私に、櫻井さんは話を続けた。
「マイマイ。 お母様とお父様に会話していましたわ……」
「うん。 それがなにか?」
お父さんとお母さんが、家に居たんだね! だったら無理か。
ーーでも、驚いたよ。 マイマイも、私と同じだったんだね!
「マイマイの家は、お母さんとお父さんがいるから、無理だね」
「……瑞稀なにを言ってますの? まさか……」
櫻井さんは、もう一度、インターホンを押そうとした。 でも私が、彼女の手を、止めた。
「やめておこうよ!」
「で、でも!」
「彩乃が、あれだけ、拒んでいるんだから。 何か、深い事情が、あるんだよ……」
「……でも、心配ですわ」
「でも、今は、引こう。 明日、改めて来よう!」
櫻井さんの、声は、いつになく、真剣だった。 私は、唇を噛んで、桐原家の二階の窓を見上げた。 窓はカーテンが引かれていた。 誰かの影が動いた気がした。
「……分かった。 じゃあ、ことねの家、行こうよ!」
「ことねの、お家ですの? 大人しく、二人で暮らしましょう?」
「ううん。 ことねなら、絶対泊めてくれるし」
「……まあ、仕方ないですわね。 ことねに、話しますわ!」
私たちは、桐原家を、後にした。 歩きながら私は、何度も振り返った。 桐原家の白い壁。 閉ざされたカーテン。
胸の中に、もやもやしたものが、残った。 それを、振り払うように、私は、櫻井さんと、ことねの家へ、向かった。
ーー次に、私たちを待っていたのは、もっと奇妙な、出来事だった。




