外伝 柳田健太VS黒田幕斗 その一 〜黒田の魔の手
この地の一角に、創業六十年の町工場があった。「藤崎精密工業」——働いている職人さんは三十二人。 車の部品を作っている、小さいけれど腕のいい工場だった。
三代目社長・藤崎康夫が、職人たちと一緒に守り続けてきた、この街の誇りだった。
しかし、その藤崎精密工業に、一通の手紙が届いた。
『あなたの会社の株を、こちらに渡せ! これは最終通告だ』
差出人ーー「黒田興産株式会社」。 社長、黒田幕斗。
業界で「黒幕」と呼ばれる、五十二歳のスキンヘッドの男。
小さな会社を安く買い叩いて、バラバラにして売り飛ばす。 そういう冷たい商売で、これまで何十社もの町工場を潰してきた、ヤクザ顔負けの怖い男だった。
放課後、生徒会室。 クラスメイトの藤崎雄二が、深く頭を下げていた。
「健太……頼む。親父の会社を、助けてくれ」
机の上には、雄二が持ってきた書類の束。 健太は一枚ずつ目を通しながら、眉をひそめた。
「これは……ひどいな」
藤崎精密工業は、半年前に、新しい機械を買うために銀行からお金を借りようとした。三億円。
ところが、いつも借りていた銀行が、急に「貸せません」と言ってきた。
困り果てた藤崎社長の前に、すっと現れたのが「黒田興産の子分の金貸し会社」だった。
「金利は、表向きは普通だ。 でも、契約書の細かいところに、罠が隠されてる」
健太は、契約書のあるページを指さした。
「ここ。『売上が目標に届かなかったら、会社の株の半分以上を、金貸し会社にタダで渡す』って書いてあるな」
「……それは、知ってる」
雄二が頷いた。
「でも問題は、その『売上の目標』の決め方なんだ」
健太は別のページを開いた。
「目標額の計算方法が、わざと曖昧に書かれてる。 簡単に言えば、金貸し側の都合で、いくらでも『目標未達』ってことにできる仕組みだ」
「……えっ?」
「つまりこういうことだ。 金を貸した側が、後から『今月の目標は売上一億ね』って言えば一億になるし、『一億五千万ね』って言えば一億五千万になるんだ。 藤崎精密がどんなに頑張っても、向こうが目標を吊り上げれば、必ず『未達』になる」
雄二の顔から、血の気が引いた。 その顔は怒りで、震えていた。
「そして、未達になった瞬間、会社の株の半分以上が、向こうの手に渡る。経営権は奪われる」
「……そんな、卑怯な! 黒幕の野郎!」
「最初から、会社を奪うために組まれた罠だ」
健太は書類を机に置いた。
「藤崎精密の、車部品を作る技術。 あの工場、大手メーカーに長年信頼されてるよな?」
「ああ、ウチの自慢だ。三十年磨いてきた技術だ」
「黒幕は、その技術が欲しいんだ! 会社を乗っ取って、技術と取引先だけ奪い取って、職人さんたちは全員クビにする気だ!」
雄二の顔が、青ざめた。
「健太……止められるのか? 相手は、あの『下町の喰人鬼』だぞ。これまで、三十社以上の町工場が、あいつに食い潰されてきた」
「知ってる」
健太は、立ち上がった。
そんな健太が向かうのはクラスメイトの、黒田明里の元だった。
◇◇◇
「サッチー! ちょっといいかしら?」
「なんですか、ゆいゆい?
とある日の生徒会室で、彼女の物語は始まった。
「アンタ、アイドルの才能あるわ」
「……えっ?」
「次のライブ、アンタも出なさい」
「はぁぁぁぁぁっ!?」
サッチーの絶叫が、生徒会室に響き渡った。
瑞稀とミウミウが、こちらを向いて怪訝な態度をとる。
「む、無理ですよぉ! 文化祭はノリでやっただけで——」
「ノリで、あの動きはできないわよ」
結衣はサッチーの目の前に立ち、ぴしゃりと言った。
「あなたの中には、眠ってる才能がある。それを叩き起こすのが、私の役目ね」
「いやそんな役目要らな……」
「明日から放課後集合! 遅刻は、許さないわ」
突然言われた発言に、私は固まる。 そんな私をスルーして、イチャイチャしながら、帰る瑞稀とミウミウ。 一方、ドヤ顔の結衣が高笑いするのだった。
私は、最後の望みを健太に託す、彼はスマホを見ながらニヤついていた。
「今度のデートは、どこに行くか……彩乃と一緒だったら、どこでも楽しいよ。 送信っと! じゃ、お疲れ!」
ーーリア充どもめ! 私は怒りに肩を震わせるのだった。




