謎の力
和馬さんは頬を押さえながら、よろよろと立ち上がった。 パンチをモロに食らった頬が、見るからに腫れ上がっている。
「コイツが金髪女の、パパかよ?」
「パパさんが来まちたね? お嬢ちゃま?」
「マジ萎えるわ! 親が来るとか」
三人組が二人に向けて、罵声を浴びせている。 そんな状況なのに、和馬さんは櫻井さんに話しかけていた。
「⋯⋯美羽。 話を、聞いてくれ」
「パパ? 今、取り込み中ですのよ? 後にして下さいまし!」
「嫌。 この状況だからこそなんだ」
「……?どういう意味ですの?」
和馬さんは三人組の方を一瞥だけして、櫻井さんを見つめていた。 その瞳には、覚悟のようなものが滲んでいる。
「美羽。 お前が、いじめられていたこと⋯⋯俺は、知らなかった」
「……パパ。 それは、もういいですのよ!」
「ダメだ! 気づいてやれなかった。 父親なのに、お前の異変に、ひとつも気づけなかった」
ミウミウは黙ったまま、和馬さんを見つめている。 さっきまでの冷たい空気が、少しだけ揺らいだ。
「だから、俺も同罪だ」
「⋯⋯パパ? なんでそうなるんです?」
「処罰してくれ、美羽! お前の手で、声で! 俺を罵ってくれ!」
和馬さんは、その場で膝をついた。 砂利の上に、額を擦り付けるようにして、頭を下げる。 大の大人が、娘の前で、土下座している光景。
私は息を呑んだ。 一方、三人組は、髪をいじったりしている。
ーー今がバッグを取り返すチャンスだ! 私は、三人組に近づいて行く。
「⋯⋯パパ。 顔を上げてくださいまし!」
「美羽⋯⋯」
「私、パパを処罰しようなんて、一度も思ったことありませんわ! だって、パパのことが大好きですもの!」
彼女の声が、ふっと柔らかくなった。 さっきまで三人組に向けていた氷のような声とは、まるで別物だった。 和馬さんの肩に、彼女はそっと手を置く。
「確かに寂しかったですわ。 でもそれは、私が、隠していたからですもの」
「だが⋯⋯」
「パパは、いつも私のことを愛してくれていましたわ。 不器用でしたけれど。 それは、ちゃんと伝わっていましてよ?」
「美羽……」
和馬さんの肩が、小さく震えた。 櫻井さんは、その背中をぽんぽんと優しく叩く。
「だから、もう、自分を責めないでくださいまし。 パパが幸せじゃないと、私も悲しいですもの」
「美羽⋯⋯すまない⋯⋯本当に、すまない⋯⋯」
「もう、いいんですのよ! そんなに言われると、いい加減怒りますわよ?」
和馬さんは、しばらく肩を震わせていた。 やがて、ゆっくりと顔を上げる。 その表情は、憑き物が落ちたように、穏やかだった。
「⋯⋯ありがとう、美羽。 お前は本当に……」
和馬さんの体が、ふっと、輪郭を失っていく。 砂のように、風に溶けるように、その姿が、空気に同化していった。 そして、和馬さんは、この世界から消えた。
「は? 消えたんだけど!」
「マジ! 画像取っとけばよかった!」
「ていうか、どうするの? この状況?」
三人組は、完全に油断していた。 ーー今だ。 私は、地面に転がっているバッグに向かって、走った。 三人組の足元に、無造作に投げ捨てられている私のーー
「あ?」
しかし、私の動きに気づいた三人組に、私の腕がぐいっと掴まれた。
「離して⋯⋯!」
「離すわけねーだろバーカ」
「え? もしかしてコイツ、不意をつけたと思ってたの?」
「根暗石の癖に、生意気なんだよ!」
力が、強い。 振り解けない。 ーーやっぱり、私には、何もできないんだ。
もう一人の女が、私のバッグの中からナイフを取り出した。
チラリと光る刃が、私の喉元に、突きつけられる。 冷たい感触が、首筋に這う。
「ひっ⋯⋯」
「金髪女ァ! 動くんじゃねえぞ!」
「……」
櫻井さんが、ゆっくりと、こちらを振り向く。
「コイツ、刺されたくなきゃ、大人しくしてろよ! お前が動いたら、コイツの首、ザクッといくからな!」
「そうだそうだ! お嬢様、お友達がどうなってもいいのかよ!」
「私たちに土下座して謝れよ! そしたら許してやってもいーぜ?」
三人組が、勝ち誇ったように笑った。 人質を取った。 そう判断したのだろう。これで形勢逆転、なのだろう。
ーーごめん、私のせいで。 その時だった。 櫻井さんの目が、すうっと、細くなった。 空気の温度が、また下がる。 いや、さっきの比じゃない! もっと、ずっと冷たい。 これから、何が起きるの?
「瑞稀に、ナイフを突きつけた? ユルサナイ……」
彼女の声は、静かだった。 囁くように、低く、響く。 なのに、その一言一言が、刃のように、空気を裂いていく。 見ているだけで、息ができなくなる。
「ナイフヲステロ」
櫻井さんが呟くと、同時にナイフが宙を舞った。 彼女がナイフを投げたのだ。
「あ!」
「おい! 何やってんだよ?」
「しょがねえな!」
トボトボ、拾おうとする彼女。 ーーその時、櫻井さんがまた声を出す。
「シャベルナ、ヒザマズケ」
すると、三人組は突然跪く。 唖然とする私は、櫻井さんに担がれていた。
まるで、糸で操られた人形のように、動かない彼女たち。
ーーなんで? なんで、従っているの?
私は、その様子を呆然と見つめていた。
彼女たちの顔から、同様が伝わって来る。 しかし、既に彼女たちは、ただの置物だった。




