私が本気を出せば……
櫻井さんが、私を心配そうな表情で見ている。 私は俯いて、彼女から視線を逸らす。 それでも、彼女はこちらへ話しかけてくる。
「瑞稀⋯⋯! 無事ですの!」
「⋯⋯」
今日は休日だからか、オーバーサイズのパーカーに、ホットパンツという私服姿だった。
ミウミウは私の頬についた泥を、そっと指で拭ってくれた。 そして、優しく微笑む。 私の心臓の鼓動がうるさく感じる。
「怪我は? 大丈夫ですの?」
「うん⋯⋯大丈夫だよ。 ……櫻井さん」
「よかったですわ。 私、心配でお腹と背中が、張り付きましてよ?」
「ごめんなさい……」
「もう! 早く帰りますわよ?」
ミウミウは、私の頭をぎゅっと胸に抱き寄せた。 パーカー越しに、彼女の心臓が早鐘を打っているのが伝わってくる。
ーーその時だった。
「⋯⋯はあ? なんで金髪女がいんだよ」
「て、ゆうか? 無視? ムカつくわ〜」
「おいおい。 お前ら、簡単に帰れると思ってんの?」
三人組が声を上げる。 蚊帳の外だったのが、ムカついたようだ。
「金髪、まだ染めてないの? 日本人のくせに?」
「あと、喋り方な。 なに? お嬢様のつもり?」
「ねえねえ、この状況でやって来て、ヒーロー気取り? ウケる」
ーーこいつら! 私は怒りで肩が震えた。 だが、なにもできない。
ミウミウの、鉄のバリケードを破壊するという、明らかに人間離れした力を見たはずなのに。 恐怖で麻痺しているのか? それとも本当に頭が悪いのか?
ーーいや、きっと「あの大人しい櫻井美羽」という先入観が、三人組の目を曇らせているんだ。
私の中で、何かがブチッと切れる音がした。 ミウミウのことを馬鹿にされた。 大切な、大切な、ミウミウのことをーー
「あなたたちの煽りは、それぐらいですの?」
「櫻井さん?」
「⋯⋯ふぅ」
ミウミウが、小さくため息をついた。 その表情は、私の知っている彼女じゃなかった。 いつものニコニコした顔でも、ヤキモチを焼いている顔でもない。
「貴方たちは、瑞稀を傷つけた。 ゼッタイニユルサナイ!」
ーー氷の様に、冷たかった。 空気が、凍った。 三人組が、ピシリと固まる。 ミウミウの放った一言は、ただの罵倒じゃなかった。 もっと深い、本物の見下しだった。 滲み出る育ちの良さと、立場の違い。 私ですら、思わず背筋が伸びるような迫力があった。
「な、なんだとコラァ! お前、金髪女のくせに調子乗ってんじゃねえぞ!」
「そうだそうだ! いつものキャラはどうしたんだよ!」
「別人になったつもりかよ! お嬢様?」
しかし、三人組はすぐに気を取り直して、いきり立った。 数の上では、三対一。 そう判断したのだろう。
「あら? まだ理解できませんの? では目の前で、見せてあげますわ!」
櫻井さんは、涼しい顔のまま、パーカーの裾を軽く払った。 そして、足元の缶ジュースを手に持つ。 それを握り潰した。 中の液体が吹き出すのを、全員がポカンとした顔で見つめる。
そして彼女は、ボール状にしたそれを投げた。 高速で、放たれたアルミの玉は、貫通して、遠くへ飛んでいく。
櫻井さんが一歩、前に出た。 スニーカーが、ザリと砂利を踏む音を立てる。
「貴方たちと過ごしていた頃の私と、今の私。 そんなに変化はありませんわよ?」
ーー私があの頃本気を出せば、貴方たちをミンチにすることは簡単でしたよ? 櫻井さんはそう言いたい訳だ。
「な、何言ってんだよ⋯⋯」
「まあ、どちらでもよろしいですわ。 あなた方には、関係のないことですもの」
櫻井さんは、ふっと笑った。 その笑い方が、ぞっとするほど冷たかった。
「ただ一つ、はっきり申し上げますわ。 あなた方、暇つぶし相手を間違えましたのよ?」
「は? なに言って⋯⋯」
「私の瑞稀に手を出した。 それが、どういうことか。 これから、ゆっくり、教えて差し上げますわ!」
ミウミウが、勢いよくパンチを三人組に向けて放とうとした、その時ーー
「そこま…ブギャー」
三人組と櫻井さんの間に、誰かが入り、パンチをモロに受けた。
「あら? 突然割り込んでくるなんて、危ないですわよ? パパ」
「……なんのこれぐらいでは、父親としての罪は消えん……」
飛び出して来たのは、和馬さんだった。




