*人当たり
「これで全部かな」
部屋を見渡して陣は小さく溜息を吐く。
「もっと見たかったのだがな」
すでに片付けを済ませ、部屋を引き払った絵理が名残惜しそうにつぶやいた。
説明の前に部屋を引き払いペントハウスに来いと言われたため、荷物を片付けているところだ。
どのみち、これでは観光を続ける事など出来ないのだし、彼の意見に従うことに──
「このまま空港に行こう」
青司はぶっきらぼうに発して、ボストンバッグを肩に担いだ。
従う気など、さらさら無いらしい。
「おまえね」
「日本に帰れば問題無いだろ」
呆れる陣をちらりと見てドアに向かった。
陣と絵理は互いに顔を見合わせ、そのあとに続く。
「出来たか」
ドアを開くと、ベリルが壁に背中を預け腕を組んで待っていた。
「空港に送ってもらえますか」
相変わらずの棘を出しつつ口を開くと、
「構わんが」
ベリルも相変わらず無表情に応える。
「日本では警察に頼むと良い」
「どういう意味ですか」
「その説明をする」
言われてしまっては従うほかはない、仕方なく渋い表情でベリルの背中を追った。
「陣と青司はあちらに、絵理はそちらに」
それぞれにベッドルームを指し示し、リビングに向かった。
自己紹介すらしていないというのに慣れた風に呼ばれ、いささか困惑する。この調子なら、こちらの自己紹介は必要なさそうだ。
「さすがVIPルーム、ベッドが4つあるとか。青司は着替えた方がいいな」
「え? あ」
絵理を守ろうとした勲章があちこちにこびりついていた。
「先にいっとく」
軽く手を振ってリビングに向かった。
リビングに来たはいいが、そこにベリルはおらず、そこから続くキッチンにもいない事を確認して周囲を見渡す。
「あ、いた」
外のバルコニーに見知った背中を見つけ、ガラス張りの扉を引いて近寄る。
やや距離を空けて隣に立ち、ビル群の景色に目を細めた。
その存在感から大きく見えがちだが、青司よりも1㎝ほど低く陣よりも4㎝は低い。なのに、どうして勝てる気がしないのだろうか。
やはり戦場を経験した者の重みなのか、清潔感の中にある泥臭さが2人の間に見えない壁を形作っているようだった。
「あの、傭兵って儲かるんですか?」
なんとなく居心地が悪くて質問を投げてみた。
「それのみでは稼げんよ」
「でも……」
振り返り、見えるリビングに視線を送るとベリルは、「ああ」とバルコニーに背中を預ける。
「ホテル側の厚意だ」
厚意でVIPルームを使わせてくれるなんて、どういう間柄なんだろうか。
それとも、この人はそれだけ有名なんだろうか?
「代わりにホテルの要請には無償で応えねばならんがね」
「ああ、なるほど」
しかし、それにしたってホテル側は割に合わないんじゃないだろうか?
「さすがに頻繁に利用したりはせんよ」
考えを読まれたらしく、淡々と応えられた。
「今回はお前たちも考慮したうえでの事だ」
この人は、先の先を考えているのか……陣は、ベリルの人当たりの良さを隣に立ち会話する事で実感した。
「もう1ついいですか」
「なんだ」
険のない物言いで聞き返される。
「体格的に不利とか、ありました?」
鍛えているとはいえ、体格差だけはどうしようもない。
「それを補うためにも武器がある」
「あ、そか」
「打撃において小柄であることは不利だ。ならばそれを補う技を身につければ良い」
ソフトデニムのジーンズに厚手の白い前開きのシャツは、質素ながらもベリルの品の良さを充分に引き立たせていた。
「日本の武術は役に立つ」
「!」
自分に妥協を許さない人でもあるんだな。
しかし、いくら陣がベリルの事を良く言ったところで青司は納得などしないだろう。彼は自分で感じた事のみで判断する。
陣を信用していない訳じゃない。
ただ、自分で感じ確証が得られるまで納得が出来ない性格なのだ。
「ルームサービスを頼んである。食べながら聞くと良い」
ベリルは2人がリビングに現れたのを確認し、陣を一瞥してドアを開いた。





