*その名は宝石のごとく
「どこに向かっておる」
「ハイアットホテル」
陣たちの泊まっているホテルに向かっているらしい。
それを知る青年に一同は、いぶかしげな表情を浮かべた。
先ほどの激しさとは打って変わって穏やかな車内に、ようやく陣たちは安心する。青司だけはまだ警戒心を解いている様子はないが、緊迫した雰囲気からはとりあえず脱した。
車は速度を緩めてロータリーに滑り込み、ホテルの玄関前で止まる。
「おかえりなさいませ、ベリル様」
キーを受け取り丁寧に会釈したドアマンに軽く手を揚げて応え、エントランスに足を進めた。
名前だけは知る事が出来た3人だが、どうして同じホテルに泊まっていたのかが新たな謎となった。
「おかえりなさいませ」
カウンターで自分たちのカードキーを受け取りつつ、助けてくれた青年に注意を向ける。
「ベリル・レジデント様ですね」
キーを受け取ると、その青年は目でついてこいと示しエレベータに乗った。
上昇するエレベータは止まることなく最上階へ──
「ペントハウス……」
陣は口の中でつぶやいた。
最上階といえば宿泊費は相当なものだ。
このホテルには、最上階に部屋が3室ある。他の階では10室ほどというのに、それだけで1室の広さが想像出来るというものだ。
エレベータを降りて、上質の絨毯や壁の絵画に目を奪われながら青年のあとに続く。立ち止まったドアの前に立ち、白い機械にカードキーを滑らせた。
黒に金箔でツタの模様が描かれたドアの鍵が、軽い音を鳴らして解錠される。
高級感を漂わせる材質を眺めながらリビングに案内されると、その広さに目眩がしそうだった。
50インチはあろうかと思われるLEDテレビ、その前にはガラスのリビングテーブルがあり、革張りのソファが3人がけと1人がけの計3つ置かれている。
ベリルと呼ばれていた青年は、ショットガンの入っているケースをテレビの横に置き3人をソファに促した。
「そなたは何者だ」
青年はそれには応えず、リビングの後ろにある簡易キッチンに向かった。
落ち着けという事なのだろうか、仕方なく絵理を挟んで一番大きいソファに腰を落とす。
しばらくして、コーヒーの良い香りが陣たちの鼻を刺激した。戻ってきた青年は、トレイに乗せられたコーヒーカップをテーブルに移し、彼らから左前にある1人がけソファに腰掛けた。
「大事ないようだな」
小さく笑んで優雅に足を組み左肘をつく。
そんな、ささいな動作にも見惚れてしまいそうだが、きっと免疫がまだついてないせいだと陣は気を引き締めた。
神秘性までをも兼ね備えた容姿に惑わされがちだが着やせするタイプなのか、よく見ると鍛え上げられた体型をしている。
想像しているよりも危険な人物かもしれない。
「して、そなたは何者だ」
カップを傾けている青年に問いかける。
「あ、その前に。助けてくれてありがとうございます」
陣は、とりあえず初対面相手の物言いで礼を述べた。
「本当に助けたのかな」
つぶやくように棘を発した青司を、陣が目でいさめる。
「本来は私の仕事ではないのだがね」
表情を変えずに青年は語り始めた。
「たまたまこちらに流れてきた情報を放置する訳にもいかず、確認も兼ねて探っていた」
「随分と怪しいですね。何者かもまだ明かしていない」
一応は年上に対する敬語を使用しているようだが、どう見て取ってもその言葉に敬意は感じられない。
「傭兵と聞いて信じるか」
「! 傭兵?」
聞き慣れない言葉に陣と絵理は難色を示した。
言葉だけでなく、おおよそ想像のつかない容姿に戸惑いは隠せない。
「傭兵が人助け?」
皮肉混じりの青司を一瞥したが、彼の瞳に起伏は無い。
いつ殴りかかられても不思議じゃない状況に、陣だけが泡食っていた。
「名を聞いてなかったな」
「ベリルだ」
絵理の問いかけに、険のない声で応える。
助けてくれた時もそうだったが、この人はどうしてこんなにも落ち着いているのだろうと陣は感心した。
感情の起伏がほとんどなく、心の読めない瞳をしている。
ベリル──緑柱石から造られる宝石の総称だが、目の色で名付けたのだとしたら、これほどぴったりな名前はないだろう。
少しの動きで揺れる金のショートヘアにクセはまるで無く、きりりとした目尻に切れ長の瞳、すらりと伸びた指は気品を漂わせていた。
ただそこにいるだけで強い存在感を放っている青年に、3人はこれから起こる出来事を図りあぐねていた。





