*死闘
「!」
陣たちの視界に人差し指を唇の前で立てて何かを示すベリルが映る。
ベリルは縁側に出て無言でふすまを閉じた。ふすまの向こうで何が起きるのだろうか。
「よくもやってくれる」
男が庭でベリルを睨み付けた。
栗色の短髪には洗濯ばさみが2つほど挟まっていて、ワイヤーハンガーを握りつぶしている。
くぼんだ茶色い目はベリルへの怒りで満ちあふれていた。
「あそこを通ったのか。セキュリティは解除してあったのに」
「! 本当か」
「嘘だ」
「ふざけるな!」
潰れたワイヤーハンガーを地面に叩きつける。
「相変わらずふざけてるな」
ふすま越しに聞こえる静かな声と怒号に青司が呆れた。
「や~あはは、凄いな」
陣もフォローしきれなくなり頭をかいて苦笑いを浮かべるしかない。
「うぬ、さすがというか」
耳に届く声に絵理も小さく唸った。
外の会話のやり取りにはとんでもない温度差があるのは聞いていて明らかだ。相手を怒らせる作戦なら成功していると言っていいだろう。
「いい加減にしろよ。そのしれっとしたツラもこれで終わりだ」
その男──ミュゼフ・ロフナー──は、流暢な日本語で発しベリルを睨み上げて舌打ちした。ベリルは無表情に男を見下ろすと、おもむろに靴を履いて向き直る。
「大の男が少女をつけ狙うのはいただけんな」
小さく笑んで皮肉混じりに発した。
「は、それで守っているつもりか!」
男はベリルに視線を向けながら懐から警棒を取り出し、伸ばしてふすまに投げつけた。その警棒をベリルは目で追い、即座に縁側に飛び乗って居間と男の間に割り込む。
「!?」
突然、何かがぶつかる音がしてふすまが倒され、陣たちは驚きの表情を浮かべて目の前の光景に見入った。
陣が端末で見た男がそこにいて、その服装はちょっとしたミリタリーぽいものだ。厚めの暗い服に黒いベスト、そのポケットの中には何が入っているのか考えたくない。
「3人もいれば貴様を捕まえる機会もあるかと思ったが」
苦々しくベリルを見つめるが当の本人はそしらぬ顔で肩をすくめた。
「まったくムカツク奴だ」
低くつぶやき、長い筒が銃身に取り付けられたハンドガンをベリルに向けた。取り付けられている黒い筒は、銃声を軽減するための消音器だ。
途端に空気は張り詰めてベリルも鋭い視線を男に向ける。
「どこまで盾になれるかな」
下品な笑みを浮かべて銃口をベリルの背後に示し、すぐに間に入ったベリルを確認してその引鉄に力を込めた。
銃弾が放たれる刹那──ベリルは男に素早く駆け寄る。
長い銃身から撃ち出された金属の塊はベリルの左肩にめり込み、顔をゆがめつつも構わずに速度を落とすことなく男の目の前まで近づくと2発目は放たれずハンドガンを掴んで互いに見合った。
「傷つければどうなるか、解らないお前ではなかろう」
「チッ」
冷たい瞳に冷や汗を流しながら小さく舌打ちした。
「──っ」
ベリルの肩から流れ落ちる赤い液体に絵理たちは息を呑む。
彼が不死と知っている陣でさえ、思い切った行動に硬直した。
「いや、さすがにこれはちょっと」
ぼそりと突いて出る。さらに、
「いくら死なないといってもなぁ」
「死なない?」
聞き返した青司にハッとして陣は口を塞いだがあとの祭りだ。
「あの、ええと~」
青司の視線が怖くて陣は仕方なくベリルが不死である事を明かした。
「は……。不死だって? だからあんな事が出来るのか」
「それは違うぞ青司」
呆れたように肩を落とした青司に絵理は言葉を紡ぐ。
「不死だからと出来る事ではない。痛みは本物であろう」
それに陣と青司はベリルを見つめる。だらりと垂れ下がった左腕は血に染まり、微かに震えていた。
「それでも立ち向かえる強い意志を持っているのだ」
「……」
青司は自分の左肩に手を置き、ベリルをじっと見やった。
いつもふざけてはいても、その眼差しは常に絵理を守るように動いていた。己の痛みにすらも構わないと──
「どうして、そこまで」
いくら雇われたとはいえ、そこまでして見ず知らずの日本人を守ろうとするなんてどうかしている。
「思うんだけど」
陣がぼそりと口を開く。
「あの人にとっては誰でも大切な存在なのかも」
「そんな馬鹿な」
青司は鼻で笑ったが、その目は笑っていなかった。





