*トラップは入念に
「あいつ、何をしているんだ」
「あー、なんかトラップを設置してるんだと」
朝から不機嫌よろしく青司が低くつぶやき、陣がそれに苦笑いで応えた。
「罠など問題は無いのか」
絵理はやや眉をひそめる。
「ん~、相手はプロだから人が通るようなとこは通らないから大丈夫だってさ」
なんでオレが説明してんだ、こういうのは罠を仕掛けている本人が説明しろよなぁ。設置中だから無理だけど……。
昨夜、ベリルは不死の説明をしたあと寝る前に今日の予定を陣に話した。
「相手がプロなら、トラップを設置されてる事にも気付いてんじゃないのか?」
それは昨日、陣もベリルに尋ねている。
「相手がそれに気付けば解除するのに時間が必要となるし、設置してないよりは相手の意識も多少は身構えるようになるから、あえて設置するんだって」
「む、そういうものなのか」
絵理は感心するように小さく唸った。
ベリルは見取り図を確認し昨夜、邸宅内外を見て回った結果、トラップを仕掛ける数を決めていた。
「あのようなもので良かったのでしょうか」
執事の佐伯は、早朝に頼まれて手渡した物品を思い起こし口の中でつぶやいた。
罠については一応、全員に伝えておくようにと言われたが……。とてもあのようなものが罠になるとは考えられない。
しかし、彼は傭兵だと言うのだし、何か方法でもあるのだろう。佐伯は意識を切り替えて自分の仕事に戻った。
そうして数時間後、ベリルがダイニングに顔を出す。
「あ、終わりました?」
「うむ」
朝食が並べられているダイニングテーブルを一瞥し、室内を軽く見回した。
「どうした。食べぬのか」
席に着かないベリルを見上げ、絵理が問いかける。
「ん」
それもそうかと席に着く。
「で、その敵というのはいつ頃に来る予定なんです?」
「早くて昼間、遅くて夕刻」
皮肉混じりに尋ねたはずが淡々と答えられ、青司は若干ムッとする。
「出来れば移動時には連絡してもらいたい」
「トイレも?」
皮肉混じりに尋ねると、
「出来るならね」
顔色一つ変えずに答えた。
やはりベリルの方が一枚上手なようで、青司の嫌味はことごとく受け流されている。
そりゃあ相手は65歳なんだもんな~……。陣は心中で青司に「ご愁傷さま」と手を合わせた。
相手がそこまで早急に仕掛けてくるという事が陣たちにはいささか不思議ではあったが、彼の使っている会社の捜索と情報網を怖れての事だと言われたら、知らない陣たちは納得するしかない。
いち早く要請を積極的に受けてもらえるに値する人物でもあるのだろう。そのせいもあって、青司の不信振りはますます悪化している。
青司の持つ傭兵の印象とベリルは、あまりにもかけ離れていた。
この誤解はいつ解けるんだろうかと陣はハラハラしたが、このまま事件が解決しても誤解を解く必要は無いとベリルは言っていた。
確かにこの件が終われば今後、ベリルが陣たちに関わる事があるのか解らない。
誤解を解く事を怠っている訳じゃない。解こうとすればするほど、青司が頑なになるかもしれないというか、なるだろうな。
本当に解かなければならない時に行動するんだろう、絵理を護る事だけに専念しているんだ。
そう思うと、やはり2人の距離が陣には歯がゆかった。そんなことやってる場合でもないのも解っているけれど、今の陣にはそんなことしか出来ない。
「はぁ……」
陣は小さく溜息を吐いた。
俺が出来る事って、絵理の盾になるくらいだ。そう思うと多少は落ち込む。
「陣」
「え、はい」
呼ばれて思わず返事をすると、ベリルは無言で陣の背中を軽く3度叩いて部屋を後にした。
「え?」
なんだったんだろうと思いつつ、何故か心が少し軽くなった気がした。
「本当に来るのかな」
相手は熟練した泥棒だから、この広さの屋敷なら人がいる昼間でも入ってくると言われても、本当なのかと疑ってしまう。
庭に出たベリルは周囲を見回ししばらく気配を探ると、しゃがみ込み軒下を覗いて小さく口の端を吊り上げた。
そこには白い糸が1本、踏まれたような跡があった──
「夜間か」
つぶやいて立ち上がり、目を眇めて空を見上げた。





