領主の依頼
「息子」の衝撃からどうにか立ち直ったフィルは、領主に向かっておもむろに呼びかけた。
「領主様」
「うむ」
「お言葉ですが、私は女です」
「うむ……まあ、そこは大丈夫だろう」
大丈夫ってなにがだ、とフィルは気色ばむ。エルンはフィルの権利を守ると言ってくれたが、怒る権利は保証されているのだろうか。
そのエルンが発言した。
「領主殿に、ご子息は二人いらしたと思いますが」
「ご存知でしたかな」
「長子殿はもうすぐ成人でしたね。弟君は……もう十二歳になられましたか?」
「その通りです」
ヴァレリスは言葉を切るとフィルに視線を向けた。
「フィルに頼みたいのは、その弟の方の、いわば影武者だ」
「影武者……ですか?」
フィルはぽかんと口を開ける。息子になる、という言葉の意味はわかった。けれど、なぜ?フィルの疑問を読み取ったように、ヴァレリスがうなずく。
「下の息子……ウィルフォードは二年前、十歳の時に魔力熱にかかった」
フィルは瞬きをする。魔力熱とは、体の中で魔力の均衡が崩れて起こる体調不良だ。たいていは魔力過多、魔力の循環がうまくいかず体内に溜まることで発熱などの症状が起きる。けれど。
「ご子息の魔力熱については二年前にも耳にしました。その時にも言われていましたが、十歳とは少々遅めですね」
隣でエルンが言うのにフィルは内心でうなずく。
この国には魔力の流れがあって、生き物は種によって多少の差はあれど、何らかの形でその影響を受けている。この国で生きていれば自然と外から魔力を取り込むし、体内で魔力を生み出す生き物もある。人間もそうだ。
体内に魔力が溜まりすぎると良くないので、生き物はみな無意識に、もしくは意識して魔術の形で、魔力を体外に放出する。とはいっても、魔力が減りすぎた場合にも生命活動には支障が出るのだが。
人間において起きる魔力熱は、魔術を使いすぎて魔力が枯渇した欠乏型か、もしくはまだ意識して魔力を放出できない乳幼児の過多型がよく見られる。フィルも自身がかかった魔力熱は記憶にないが、セイラが三歳、リィヤが二歳でかかった時のことは覚えている。元気がないと思ったらあっという間に熱が上がり、顔も全身も真っ赤になった。父母が神殿に駆け込んで、三日間ほど治療を受けた後は、けろっとして帰ってきたが。
「最初は魔力熱と気づかなかったのだ。歳も十歳だったし、本人もおとなしく我慢強い子で……気づいたときには熱がかなり高かったのに、魔力を放出させる手当てが遅れた」
悔やむような口ぶりは、息子を案じる一人の父親のものだった。フィルも十歳の子の辛さを思って目を伏せる。
「属性の強い貴族の方々では、魔力熱にかからずに成長されるお子さんも多いですしね」
エルンの声にも同情の色が見えた。
「三日経っても熱が下がらず、領都神殿から神官医師殿をお呼びしたところ、魔力熱とわかった。すぐ治療を開始していただいて、七日ほどで熱は下がったのだが」
ふう、とヴァレリスはため息をついた。
「ウィルフォードの母は水領の出身でな。血筋も向こうの領主殿に近く属性も強い。……ウィルの属性は風だったが、髪に一房、レイネシア――母親の髪と同じ青い色がはっきりと出ていた」
フィルは思わず自分の髪に手をやった。フィルの曽祖母と同じ青い色をしているというその髪に。
「だが、熱が下がった後、ウィルの髪からは色が抜けていた。目の色も、私と同じ銀の色だったのが、うっすら赤とも橙ともつかぬ色に変わっていた」
そこでヴァレリスは一瞬言い淀んだ。ふう、とひとつ息をつく。
「そしてしばらくして、風の属性がなくなっているということに気づいた」
ヴァレリスの言葉にフィルはギョッとした。生まれ持っての属性が抜ける、そんなことがあるのだろうか。
隣でエルンも難しい顔をしていた。
「領都の神官医師……領主館に呼ばれるほどの方であればセルマ師でしょうか。彼女はなんと?」
ヴァレリスは、気まずげに目をそらす。
「……師には、伝えておらんのです」
「はぁ!?」
思わぬ展開に大声が出て、フィルは慌てて口を押さえた。




