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後始末の始まり

「……そうか」


 アウローラの一連の報告を黙って聞き終えたヴァレリスは、それだけ言って、深く息を吐いた。

 

 エルンとの話のあと、アウローラとヒルデガルドに報告をしたとき、二人もやはり似たような反応だった。アウローラが静かに「ヴァレリス様に報告して参ります」と立ち上がり、ヒルデガルドは「こちらはもうしばらく私一人に収めておくから、必要があれば呼んでちょうだい」とため息をついた。

 

 そのままアウローラが、至急の面会依頼と人払いをヴァレリスに求め、今に至る。

 フィルはどうしたものかと迷ったが、ヒルデガルドから「アウローラ殿にぴったりくっついていなさい。もし引き離されたら私のところまで逃げてきなさい」と真剣な顔で言われ、薄ら寒いものを覚えたまま、アウローラと行動を共にしている。

 

「……報告が遅れまして、また、力及ばず大変申し訳ありません」

 

 深々とアウローラが頭を垂れる。ヴァレリスは苦笑を浮かべた。

 

「いや、元はこちらの欺瞞が原因だ。アウローラが責を感じる必要はない」

 

 そして、ヴァレリスはフィルに視線を向けた。緊張に身をこわばらせるフィルに、ヴァレリスはいつものような笑みを向ける。

 

「フィルも、そう緊張するな。二、三尋ねたいが良いか」

「は、はい」

「エルン師は……後天的に天属性になった例については、見たことがないと?」

 

 咎められるでもなく、まずそれを聞かれたことに、この方もまた、ウィルフォードのことを何より気にかけているのだと、そんな風に思った。

 

「ええと、そう言っていたと思います」

 

 フィルの答えに、アウローラが小声で注意をする。


「天の方々は、嘘を口にはしません。……ただ、沈黙を選ばれることはあります。ですので、あなたが聞いたそのままの言葉をお伝えしなさい」

「えっと」

 

 そのやりとりにヴァレリスが笑みを漏らした。

 

「天の方々とのやりとりにもコツがあると言うことだ。アウローラの言う通り、彼らは真実しか口にしない。だが、あえて言わぬこともあるし、それによってこちらを煙に巻くこともある。そしてこちらの都合のいい誤解を正してくれるほど親切でもない」

 

 先生はそんな人ではないと言う思いが反射的に浮かぶが、同時にエルン「師」の声音が蘇った。

 

――相談すべきことが、ありますね?

 

 一つ息をついて、記憶を辿る。


「『少なくとも、私は風領でそのような事例を見たことはない』と、そうおっしゃいました」

「……そのような事例、とは?」

 

 ヴァレリスの問いに、あれ、ともう一度、前後の会話を思い出す。

 確か、最初はハルトの事例に紛らせて、後天的に属性が変わることがあるのかと聞いたのだ。

 それに対してエルンは、生まれた時に火の傾向があっても、長じれば両親と同じ属性になることがほとんどだ、と答えた。だからフィルは、両親の属性が違う場合でもそうなのか、と問いを重ねた。

 

――例えば、風と水の夫婦の子どもで、生まれた時は風属性だったとしても、後から水属性とか、その他の属性に変わることなどは……?

 

「……」

 

 例えも何も、あのときのフィルはまんまウィルフォードの例を挙げてしまっていたことに気がついた。そりゃエルンなら何かしら察するだろう。隣のアウローラの顔が怖くて見れない。

 

「ふむ、その問いに対して、『少なくとも』『私は』『風領で』見たことがない、か」

 

 ヴァレリスが顎に手を当てながらつぶやく。

 

「やはり、天神殿はなんらかの情報を持っている可能性がありそうだな」

「……今ので、そうなるんですか?」

 

 アウローラにそっと尋ねる。

 

「エルン師以外の方が、もしくは風領以外で、そのような事態に直面した、そのような報告を聞いたと読み取ることはできますわね」

「……」

 

 確かに嘘はついていないと言えるかもしれないが。

 気を取り直してフィルは続ける。

 

「あの、先生に気づかれた、と思ったときなんですが」


 ――あなたの質問から、一つの仮説が浮かびました。

 ――天の定めに関わる非常に重大な現象が起きているのでは、と。


「多分、ウィル様の属性が消失ではなく変化……それも、天属性に、という可能性を指して先生は仮説と言ったんだと思うんですが、これは天の定めに関わってくるんでしょうか」

 

 ふむ、とヴァレリスが首を傾げる。

 

「それに関しては私は知らんな。……というより、属性が変化する可能性があることも、後天的に天属性が生まれる可能性も、考えたことがなかった」

 

 隣のアウローラの気配が強張るのを感じる。ヴァレリスが、ため息を一つついた。

 

「天の禁忌か」

「ヴァレリス様!」

 

 悲鳴のような、アウローラの声。

 

「フィル、よく報告してくれた。細かいことでもいい、他に、エルン師は何かおっしゃっていたか?」


 フィルは必死で記憶を探る。

 

「……私に対して、世界の調和のために相談すべきことがありますね、と。えーと、それから、天神殿は天氏族を縛っているわけではないから、希望すれば親元に帰れると。あと結婚もできるそうです」

「……」

 

 途中からアウローラの視線の温度が下がってきた。それは今関係あるのか?と目が雄弁に尋ねている。その気持ちはわかるが、もうどこにひっかけがあるのか、フィルでは判断がつかないのだ。

 

「あの方々のいう世界の調和は範囲が広すぎるので解釈は難しいな。ふむ、天氏族が、生まれた場所に戻るという例があったのか?」

「……レイネシア様もおっしゃってましたが、本来は帰って来ないものなのでしょうか」

「私は聞いたことがないな。……実際、天神殿に引き取られる天属性は、ほとんどが幼い子どもだろう。その状態で天神殿で手厚く育てられれば、本来の家族に対してそれほど情を持って成長するだろうか」

「え……」

 

 エルンは「希望すれば」と言った。あれは、幼い頃に離れた親元への帰還を希望する者がそもそもいない、という意味だったのだろうか。

 

「親元にも見舞金が支払われるはずだしな」

 

 続くヴァレリスの言葉に、なんだか重たいものがフィルの胸に落ちた。フィルの母が、セリウスの置いて行った銀貨をまるで仇のように睨みつけていたことを思い出す。

……ただそれでも、自分たちの元で健康に育てることができないというなら、手放すという決断はありうるとは思うけど。

 

「結婚もできる、と。ふむ……。アウローラ、確認したいのだが、ヒルデガルド殿は、今も変わらずウィルフォードとの結婚を希望しているのだろうか」

「私はそのように受け取りました。火領のお連れの方々に現状について黙っていてくださるのも、こちらの対応を待っていらっしゃるのだと思います。……ウィルフォード様との婚約の継続が成るなら、火領にはとりなして下さると期待していいのではないかと」

「それは朗報だな。……ウィルが真に天の属性を持ち、なおかつ希望して風領に属するというなら、火領にとっても婚姻は悪い話ではあるまい」

 

「……風領の、統承は」

「能力だけでいうなら、天属性であれば風の属性は持ち合わせているのだから、風領の領主が継げぬとは思わぬが……ここに関する判断はうちではできんな。仕方ない、諸々含め、天にお伺いをたてるか」

 

 フィルは瞬きをした。

 

「アウローラ、小間使いのようなことを頼んですまないが、セイレアと、それからセリウスに皆を集めるように伝えてもらえるか」

「ファビアン様は」

「ファビアンには、そしてそなたにも、今はこれ以上の情報は開示せぬ。……まあそなたはある意味一番状況に詳しいが、ひとまずは知らぬふりをせよ。天の意向を尋ねたのち、次代たるファビアンとそなたに今の段階で伝える情報について吟味する」

 

 すっとアウローラが礼をとった。

 

「フィルと、それからヒルデガルド様にはどのようにお伝えしましょう」

「ヒルデガルド殿、並びに火領の一行にどこまで状況を伝えるかも、セリウスたちと検討する。……フィル」

「は、はい!」

 

 二人のやりとりを呆然と聞いていたフィルは、弾かれたように返事をした。

 

「今、エルン師は?」

「……鷲台にいらっしゃると思います」

「師に、しばらく館に留まってもらえるか尋ねてもらえるだろうか。この後、側近たちと少し話をするのでな、少なくともそれが終わるまでは」

「承知しました。……雲雀館にご案内してよろしいでしょうか」

「そうだな、それがよい。遅くなったが昼食も準備させよう」

「……ヒルデに声をかけてもよろしいでしょうか?」

「フィル!」

 

 叱責の声はアウローラからだ。

 

「うかつに、天の方と他領の方を繋ごうなどと考えるのではありません! 何か良からぬ考えでも吹き込まれたらどうするの!」

「いや、私の考えが浅はかなのはそうですけど、良からぬ考えってなんですか……」

「天属性でも結婚できますとか、うかつにヒルデガルド殿にお伝えしたら、あの方は本気で駆け落ちとか計画しかねないわよ!」

「……」

 

 ヒルデガルドの言動に、心当たりがありすぎた。ヴァレリスが呆気に取られたような顔をした後に吹き出す。

 

「ウィルフォードのやつ、火領の姫君にそこまで惚れ込まれているのか。頼もしいな」

「ヴァレリス様!」

「いや、いざという時にヒルデガルド殿がウィルの後ろ盾になってくれるなら、ありがたいことこの上ない」

「……」

 

 アウローラがため息をついた。

 

「フィル、ヒルデガルド殿には、こちらから話をするまで接触しないように。もし尋ねて来られても、領主から直接話をすると断ってくれ」

「……承知しました」

 

 アウローラが遠慮がちに口を挟む。

 

「あの、ヴァレリス様。レイネシア様には……」

 

 ヴァレリスの顔が曇る。

 

「……側近たちとの話し合いの後、天に伺いをたてる前に伝える」

 

 フィルは思わず拳を握った。あの方は、おそらくウィルフォードの状態を天に伝えることを承知しないだろう。けれど、もう事態は動いてしまった。

 

 アウローラが頭を垂れる。


「差し出口をお許しください」

「いや、構わん。……では二人とも、頼むぞ」

 

 アウローラと同じように、フィルもヴァレリスに向かって礼をした。予定とは違ったが、これで自分の影武者も終わりなのかとふと気づく。

 

「大変お世話になりました。風領を統べる風の長たるヴァレリス様に、天の調和とご加護がありますように」

 

 フィルのあいさつの言葉に、ヴァレリスが優しく微笑んだ。

 

「この一月、ご苦労だった。なかなか楽しかったぞ、息子よ」

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