属性と禁忌
「えーと、どうしましょう」
「……」
様子をうかがいに来たアウローラが、ただならぬ様子のレイネシアとウィルフォードを連れ出してくれた隙に、客用館に戻ってきたフィルとヒルデガルドである。
なんだかすっかり当てられてしまった、とフィルはぐったりする。
──天属性を持って生まれた子は、トゥーレに連れて行かれる。
レイネシアの言葉は本当だろうか。
ウィルフォードは一歳の時点で統承二位を受けている。少なくとも生まれた時は風の属性を持っていると天に認定されていたのだろう。であれば、十歳で属性が天に変わったウィルフォードの扱いはどうなるのだろうか。
天井を睨みつけていたヒルデガルドが、その体勢のまま口を開く。
「フィル。あなた、ウィルの属性が消失したことを隠すために影武者になったのよね?あなたにそう説明したのは、風の領主様?」
「……そう、です」
「レイネシア様は、ウィルに髪を隠すように、とおっしゃってたみたいだけど」
「少なくとも、私が今までウィル様にお会いした時は、いつも布を巻いていらっしゃいました。単に、髪の色が抜けたことを隠しているのだと思っていましたけど」
ちらりとヒルデガルドがフィルの前髪に視線をやる。
「その髪色のあなたを影武者に選んだのだから、少なくとも髪色が抜けたことを公にはしていなかった、ということよね。……天のお方には、診せていないということだったけど」
どこまで話していいのだろうか、と迷いながら、フィルは口を開く。
「……レイネシア様の動揺がひどくて、機を逸したとおっしゃってました。体調自体は魔力熱から回復して、安定していたと……」
ふう、とヒルデガルドが息をついた。
「……ヴァレリス様は、承知してらしたと思う?」
「……」
どうなのだろう、とフィルは思った。もし、二年前の時点でウィルフォードに天属性への変化の兆候が起きていたのなら……髪色が抜けるだけでなく、金に変わっていたのであれば、ヴァレリスが知らないわけはないだろう。
仮に、変化が急激なものではなく、徐々に起きたものであったとしたら……。
いや、それでも気づくだろうな、とフィルは思った。ヴァレリスは多分、そこまで子に無関心な父でもなければ、統承二位の属性変化などという領にとっての重大事項を見逃す領主でもない。
その上で、事態を隠そうと身代わりを立てることを選んだのだとすれば――。
「天の属性を持って生まれた子がトゥーレに連れて行かれる、というのは本当なんですか?」
フィルの質問に、ヒルデガルドが体を起こした。
「……私も、十五になってから、お母様と教育係に教わったのだけど」
曰く、天の属性を持った子どもが四領に生まれ落ちることがある。それは同属性の夫婦よりも、多くの属性を継いだ血筋に出ることが多い。
大人の天氏族同様、彼らの属性色は金である。そのように生まれついた場合は早急に天神殿に届け出なければならない。なぜなら──
「天属性の子どもは、魔力熱を起こしやすいのですって。普通の幼い子とは逆で、魔力が体外に流れ出やすいらしいわ。体力のない赤ん坊の頃から高熱や循環不良を繰り返していたら、命の危険があるでしょう?」
確かにそうであるなら、親はまず神殿を頼るだろう。連れて行かれるという話を知っていたとしても、親なら目の前で子が苦しんでいたら、まずはその命を救いたいと考えるものだ。
「そもそも他属性の子どもの出産って、母体に負担がかかるって聞いたんですが」
「そうね。胎児が成長して魔力を生み出すようになると、母体には循環できない魔力の塊を抱えることになるから」
ヒルデガルドはさらりと言った。
……ウィルフォードとの間に子どもができたら、それはかなりの確率でヒルデガルド自身に起きることなんじゃないのだろうか。
フィルの視線に、ヒルデガルドが苦笑する。
「そんな顔しないの。貴族が他領の者と結婚する場合では織り込み済みよ。だから出産の時は出身地に里帰りすることがほとんどだし、場合によっては神殿の産所に行くわ。神殿なら、魔力熱の対処法をいっぱい持っているから」
まさにイルゼの身に起きたことである。もっとも、イルゼの子は普通に風属性だと思っていたのだが。
「それに、貴族では他属性と結婚することも普通にあるけれど、それでも天属性の子が生まれたなんて話は聞かないわ。レイネシア様だって、すごく稀とおっしゃっていたでしょう」
うーん、とフィルは頭を捻る。
「……天属性って、四属性の全部持ちなんですよね? ……単純に考えたら、全部の属性の血が入ってないと生まれなそうな気がするのですが」
「フィル」
ヒルデガルドが静かな声で言った。
「その先は、禁忌なの」
「え?」
「大災害については知ってる?」
「……平民でも、神殿学校で教わります」
ヒルデガルドがうなずいた。
「その大災害以前の話よ。まだ四領もトゥーレも形になる前。属性ごとに分かれて人々が争っていた時期に、他の属性との間にいくつもの属性を持った人間が生まれたらどうなると思う?」
「……仲間外れにされる?」
ふふ、とヒルデガルドが笑った。
「風領は平和なのね」
「……」
ヒルデガルドの言葉に、嫌な感じは受けなかった。ただ、どこか線を引かれたような――そんな寂しさを感じた。
ヒルデガルドはあくまで穏やかに、天の氏族のような口調で、言葉を続ける。
「複数属性の人間は、他の属性に対して武器にされたらしいわ」
「え?」
「あまり具体例を出すのはまずいのだけど。そうね、火の属性持ちを相手にするところに、敵に風の属性が混じっていたらどうなると思う?」
「……すみません、そもそも火の属性持ちを相手にする方法がわかりません」
フィルの申告に、ヒルデガルドが瞬きを繰り返す。
「なるほど……他領では攻撃に魔術を使うという発想が、そもそもないのね」
「人を吹き飛ばすほどの魔力がそもそも平民にはないですし」
うーん、とヒルデガルドが首を捻る。
「これを言ったらまずい気がするのだけどね、フィル。例えば風の魔術で生き物の周囲の空気の流れを止めたらどうなるかしら」
ぽかんとフィルは口を開けた。
「……え?」
一方、ヒルデガルドがフィルに向ける瞳は平静なままだ。
「風の魔術の本質は空気の操作でしょう。……別に魔術だけで窒息させる必要はないのよ。一瞬動きを止める、足の周囲だけ風を強く吹かせて体勢を崩す、相手が息を吸い込む一瞬にその周囲の空気を奪う。隙を作るには十分だわ」
「あの、ヒルデ。聞かなかったことにしていいですか」
ヒルデガルドがにこりと笑う。
「神殿の教育が行き届いているわね。この話が終わったら忘れていいわよ」
「まだ続くんですか」
「むしろこれからが本題でしょう。そんなふうに、複数属性持ちが争いに有利だと気づいた人間は、どうすると思う?」
「……複数属性を、得ようとする?」
「どうやって?」
複数の属性を持つ子供を得るために、複数の血を混ぜる。それはつまり――。あまり愉快でない方法が浮かび、フィルはその思考を追い払うように頭を振った。
「……さっきの私の発言が禁忌に連なるということは、すごくよくわかったんですけど」
「発想自体は自然なことだけど、それを扱ったり口に出したりするには、危険性の理解が必要――とお母様に言われたわ」
「すごくよくわかりました。……でも、実際には、他属性との間で結婚したり、子どもが生まれたりはしてますよね?」
フィルは自身の髪色に思いを馳せる。その大元である、会ったことのない曽祖父母にも。
――フィルの髪は、じいちゃんの母さんと同じ色だなあ。
幼いフィルの青い髪を、愛おしげに撫でた祖父の手のひらを思い出す。生まれた土地と属性は異なっても、風領で仲良く暮らしていた曽祖父母の関係が禁忌に連なるとは考えたくないし、思えない。
ヒルデガルドが、優しげな顔で頷いた。
「人が人を想う気持ちに、生まれや属性は関係ないもの。想い合って寄り添うことが叶えば、子が産まれるのは調和のうちよ」
「……それが天の教えですか」
「お母様の教えだけど、天も反対はしないと思うわ」
「……」
そういえばヒルデガルドの母の二人目の夫は、他領の出身ということだった。
「夫婦の間に子ができるのは自然で、その子がどういう属性を持って生まれるかも自然の……調和の結果であって。けれど、その結果を求めて子どもを作るという発想は、禁忌だということでしょうか」
フィルが考えながらゆっくりと言葉を紡ぐと、ヒルデガルドもまた、考えるようにうなずいた。
「その整理はわかりやすいわね。子の属性は、結果であって目的ではない。……まあそうは言っても、領主の子ともなれば属性混じりが重宝されるのだけど」
「いいんですか」
「他領との友好のために婚姻を結んで、結果として生まれた子がどちらの領にも貢献できる属性混じりなのは、問題ないと思わない?」
「……結果であればいいんですか」
「建前は大事よね」
フィルはため息をついた。
「この話が終わったら、忘れることにします」
「それがいいと思うわ」




