統承の理由
エルンが微笑むのに、フィルは多少の気まずさを覚えながら口を開く。
「言っちゃなんですけど、上の子より下の子の方が出来がいいってこともありますよね?」
エルンが答えるより早く、アウローラが呆れたような声を上げる。
「下の弟妹が天才だろうがなんだろうが、統承一位が後継です。長子の素質が足りなければ、足りるように育てるのも領主の仕事です」
いやまあそうだろうけど、と言いかけてふと気がついた。アウローラは次代の領主夫人だ。つまり自分が産んだ最初の子が領主に足りるように育てることこそ彼女の仕事なのだろう。
……そのように、アウローラ自身が教育されているのだろう。
「それに基本的には、上の子の方が親の魔力的な性質を受け継ぎやすいでしょう? 強い魔力と属性を持つ領主夫婦の長子であれば、少なくとも魔力的な素質は大体足ります」
素質、とフィルは口の中でつぶやく。
「あの、でも」
フィルは思い切って口を開く。
「例えばですが、下の子の方がかわいいからそっちに跡を継がせたいとか、領主様やその周囲が、強く希望したりはしないんですか?」
アウローラがギョッとしたような顔でフィルを見た。フィルもわかる。この発想は、危険で調和に反するものだ。エルンは微笑んで「授業ですからね」と言った。
「平民の間でも、基本は長子が家や財産を継ぎますね。例えば長子と親の折り合いが悪くなって、長子には財産をやらない、と親がやったらどうなりますか?」
「長子が神殿に訴えると思います」
エルンとフィルの際どいやりとりに、アウローラが目を見開いている。
「長子が今まで跡取りの役割を果たし、それに不足がないとなればおそらく神殿は元通り長子に後を継がせるか、もしくは家は他の子が継ぐにせよ、財産をしっかり分けるように指示するでしょう。ただ、それは親側も予測します。すると、あくまで自分の意思を通したい場合、親側はどうすると思います?」
「……長子が、跡取りには不足だと訴える?」
「訴えるだけでは神殿は調査しますよ。もしそこに欺瞞があれば親に対する心証は悪化するでしょうね」
誹謗は神殿の忌むべきものです、とエルンは続ける。
「もし、どうしてもこの後継が気に入らない、となれば、フィル。物理的に消すこともあったでしょうね」
「……はい?」
ゆっくりと言葉の意味が染み込んでくる。それは誹謗どころの話じゃないのではないだろうか。確認のため、問いかける声が震えた。
「親が子を消すって、殺すってことですか?」
フィルがそう口にした途端、隣でパキリと硬質な音がした。アウローラが握りしめた扇子をそっと開いて、伏目のまま小さく、失礼、とつぶやく。
「直接の表現は忌み言葉ですよ。気をつけて、フィル」
「あ、はい」
エルンはあくまでいつも通りの、穏やかな笑みを浮かべている。
「悲しいことですが、実際にそういう例もあるでしょうし、親でなく次子が財産を奪うために長子を消す、次子の配偶者やその家族が長子を害するということもあったようですね」
「……」
沈黙しているフィルを、エルンがまっすぐに見た。
「人はね、フィル。親が子を慈しむ、兄弟同士で思いやる気持ちを持っているのと同時に、自分が得をしたい、欲しいものを手に入れたいという気持ちも持っているものです。それらの気持ち自体は、どれも悪いものではない。人の感情は魔力と同じく人から自然に生まれ出るものですし、限度を超えて押さえつければ歪みが出ます。でも、それを無節操に表に出しては、周囲を傷つけ調和を乱すことにつながる」
そこで、エルンは一度言葉を切った。何かに思いを馳せるように、軽く息をついてから、言葉を続ける。
「なにより恐ろしいのは、それがわかっていても、人は争う生き物だということです。……ですから私たち天の氏族は、その争いの行き着く先に何が起きたかを――大災害についての記憶を保持し、あなた方に伝えているのですよ」
少し話が逸れましたね、とエルンは微笑む。フィルと、それから隣にいるアウローラの肩からも、力が抜けたようだった。
「後継争いは特に、財産に対する欲と、親子や兄弟間の愛憎が絡みます。どちらも大変加熱しやすい。ましてや領主の一族であれば領を巻き込んだ混乱に陥りかねない。ですので領主の継承については、感情の入り込む余地の少ないように、厳密に定められているのです」




