統承の持つ意味
フィルはおずおずと口を開いた。
「あの……その火領から結婚を望まれるウィルフォード様って、ものすごく期待されているんでしょうか」
「半分はあなたのせいではないの?」
アウローラのつぶやきをフィルは聞こえなかったことにした。
「期待……そうかもしれませんね」
エルンが考えながら言う。
「ヒルデガルド殿は統承三位……アウグステラ殿はもちろん、二位のリヒャルト殿も、魔力的な素質や健康面に問題があるという話は聞きません。お二人とも年も近いですし、火の属性を持つ次代については不安要素は少ないと見ていいでしょう。そうすると、ヒルデガルド殿……というか、下の弟妹に求められる役割が、他領との婚姻や属性混じりの子を設けることになるのは不思議ではありません」
ウィルフォード殿は水混じりですしね、とエルンは続ける。
「ですからセリウス殿のおっしゃられていた、魔力熱の後遺症があって健康面に不安がある……という言い訳は有効だと思ったのですが」
アウローラがフィルをちらりと見る。フィルは黙って視線を外した。
「本来、私があまり口を挟むのは良くないのですが」
エルンが困ったように言う。
「魔力熱の後遺症で体内の魔力が不安定、という線で進めるなら、ある日は元気でもその次の日に疲れが出て動けない、などという症例はありうると思います。ウィルフォード殿が健康面において火領の求める基準に達していない、というのは、縁談をお断りする上で比較的納得されやすいのではないかと思いますが」
「エルン師、その魔力熱の後遺症で起こりうる体調不良について、詳しくお聞かせ願えますか」
アウローラの目が真剣になった。
「明日泥ガニ退治でもなんでも思い切りはしゃいで、それでまた翌日は熱を出したとでも謝るのがいい気がします。やはりウィル様を、あまりヒルデガルド様と接触させるのは不安で」
「不安てそんな」
アウローラがきっとフィルを睨みつけた。
「好感度を上げすぎて、病弱でもなんでもいいから結婚したいとか言い出されたら、どうするんです」
「いやそんな」
否定しようとして、そこでふと気になった。
「それじゃ、ダメだったんですか?」
「え?」
「ウィルフォード様の属性消失がバレたら婚約が果たせないから時間稼ぎをしてくれってことだったと思うんですけど、火領にこっそり事情を伝えて、あとは火領が決めてくれってするんじゃダメだったんですか?」
それでもしヒルデガルドや火領が、属性はなくてもウィルフォードをヒルデガルドの夫にしたいというならそこからまた話し合いの余地が出ただろうし、こちらの状況を伝えた上で相手の判断に委ねる方が、少なくとも影武者を使って事態そのものを隠すよりは、誠意のある対応だったのではないだろうか。
「……属性消失を公にすると、風領の統承がファビアン様だけになりますもの。それは風領としては避けたい事態だと思います」
アウローラが考えながら言った。フィルは首を傾げる。
「統承って、領主様の跡継ぎの順番ですよね?なんかすごく大事みたいな感じでしたけど」
「……」
アウローラがため息をつき、エルンが苦笑した。
「こればかりは感覚の問題ではあるでしょう。フィル、アウローラ殿から統承について教わったのですか?」
「あ、はい」
統承とは、領主の跡継ぎの順番を示す。
その順番は神殿法で厳密に決められている。
領主の子に統承を受ける場合、満一歳の時点で神殿から認定が降りる。
領主の長子から順に一位、二位と順位が振られていく。
もし、統承認定者が後から領主の任を果たせない状況が発生した場合は、神殿の認定のもと、統承を取り消すことができる。
「領主の後継順をはっきりと定めておくことで、後継争いが起きず、代替わりの際に支障が出ないための制度、と教わりました」
エルンがうなずく。
「良く勉強されていますね。……もしフィルが上級学校へ進めば、そこでも必ず教わる内容ですよ。予習になってよかったです」
さて、とエルンが教師の顔になる。
「せっかくですので解説を加えましょう。まず前提からいきますが、統承は絶対です。これは各領や神殿であっても、恣意的に動かすことはできません。そのような状況が起きないように、細かく定められています」
領主を決める順番に神殿が絡む?
フィルは眉根を寄せたが、エルンは構わず言葉を続けた。
「仮に、現領主の子である統承持ちが全員なんらかの理由で跡を継げない……統承を外れてしまった場合、統承は先代の時代に戻ります。今の風領で言えば、ヴァレリス殿の弟に当たる方ですね」
フィルはうなずいた。
「弟君の統承が一位に復帰した場合、その時点でご子息たち……ヴァレリス様の甥姪に当たる方々の生まれた順に、仮の統承が与えられます。弟君が領主になった時点で仮が取れ、正式な統承となります」
あれ、とフィルは思った。
「それじゃもし、その弟君が領主を継ぐ前に、新たに領主様にお子が生まれたりしたら……?」
「弟君の統承は取り消され、現領主の実子に統承が移ります」
エルンが微笑んだ。
「これに関してはままあることです。領主を継いだ時点で実子がいなければ、いったん領主の弟妹に統承が振られる。元々先代では統承二位だった者がそのまま一位になる、という形ですね。要は、後を継いだ領主に子が生まれるまでは、先代の統承が残されるわけです」
フィルは顔をしかめた。
「それって本当に争いを避けられるんですか? その……」
エルンが苦笑する。
「今のところ風領の歴史において後継に関する問題が起きたことはないですね。とはいえ、統承がいったりきたりするのは望ましくありません。次代領主も重責です。状況が変わったからといっていきなりその立場に就くのも外れるのも負担でしょう。……ですので、天神殿としてはできるだけ、代替わりする前に、次代領主にはお子を持っていただきたいと考えています」
フィルはちらりとアウローラを見た。そりゃ理屈でいえばその方が安定はするだろう、が。
「異国の文化や、この国でも大災害前は、そこまで厳密ではなかったようですね。もちろんそれでうまく回るなら良いのですが。……少なくとも今この国においては、順番が曖昧だったり領主や外戚の恣意で後継をすげ替えることのできる制度より、今の統承制度の方が安定すると天神殿は判断しているのでしょう」
そこまで言って、エルンはフィルの顔を見る。
「まだ納得がいかなそうな顔ですね。……今は授業の延長のようなものです。気になる点はどうぞ、質問してください」




