身代わり策の現実
「えっと、ウィルフォード様の属性が消えて魔力の扱いが難しくなったから、ヒルデとの婚約の継続が難しいって話なんですよね? でも、今回時間稼ぎをして様子を見ているうちに、ウィルフォード様の状態が改善することって本当にないんですか?」
エルンも言っていたが、天氏族の神官医師に診せたらなにかわかったりはしないのだろうか。もしそれで属性が戻れば、ウィルフォードとヒルデガルドは……。
「だとしても、もう手遅れだと思いますわ」
アウローラの声は冷たく、感情がなかった。フィルはびくりと彼女を見る。
「だってフィル。あなたはウィルフォード様の身代わりとして……十歳のウィルフォード様の成長した姿として、よくやってくださってるけど、あなたの後から本物のウィルフォード様に入れ替わるのは無理でしょう」
フィルはハッとする。
「ヒルデガルド様からしたら、問題が生じたので縁談を穏便に断るために身代わりを立てました。その必要が無くなったのでまた本人に戻しました――となりますけれど、フィルだったら許せますの?」
フィルが言葉を探していると、シュナがゆっくりと首を振る。
「今回のヒルデガルド様の来訪は、一つの期限だったのだと思います。領主様とてお悩みだったでしょうが、身代わりの策を決行したということは、もうウィルフォード様の回復は……少なくとも以前と同じ程度に回復されることは、諦めてらっしゃるのだと思います」
――あの席にいるのが、明るい場所でご飯を食べて、婚約者と話しているのが、どうして私のあの子じゃないの?
レイネシアの嘆きが耳に蘇った。
あれはただ、今日の風景だけの話ではない。ウィルフォードがこの先、進めなくなった未来に対する嘆きだ。
――あなたの行動で、あなたの未来や他の方の人生が変わる可能性があるということを、ちゃんと認識できていますか?
エルンの言葉を噛みしめるフィルの前に、シュナが座った。
「フィルさんのいうことはごもっともです。ひょっとしたら、まだ手はあるのかもしれない。天神殿に事情を包み隠さずちゃんと頼めば、何か手段は残されているのかもしれない。……けれど、今はそれを探す時間がないのです」
シュナの言葉を飲み込みながら、ひょっとしたら逆だったのかな、とフィルは思った。
風領としては……たぶんウィルフォード自身も、ヒルデガルドとの婚約は維持したかったのだろう。だが天神殿に助けを求めたら事情を明らかにすることになる。それは婚約の障害になるだろう。だからギリギリまで、ウィルフォードが自然に回復しないものか、様子見をしていたのかもしれない。
「もう遅いんでしょうか」
シュナがにっこりと笑った。
「なにも遅くなんてありません。ウィルフォード様は今、お元気でいらっしゃいます。なにもかも、まだこれからです」
それはセイレアがレイネシアに言った言葉によく似ていた。
「ですから、フィルさんが気に病まれる必要はないんですよ」
優しい声も、先ほどのセイレアと同じだった。
パチン、と扇子が鳴る。フィルはゆっくり顔を上げた。フィルが礼儀作法の習得に詰まったとき、一度切り替えるアウローラの合図だ。
「とりあえず、明後日からどうするかの方針を決めたいところですが」
ふう、と彼女は息をつく。
「どうしますか、フィル。今日はゆっくり休んで、明日、ヒルデガルド様が出かけている間に考えることにしましょうか」
フィルは首を横に振る。
「いえ、大丈夫です。……とりあえず、宴でヒルデがどんな様子だったか教えてもらえますか」
明日の視察は領都だという。それなら明後日は別の場所がいいだろうか。単に向かい合って話しているより、目の前のものについて話している方がボロが出にくい気がした。
ふと、アウローラの視線に気づく。
「アウローラ様?」
「先ほどから……というか宴の前から気になっていたのですけど」
フィルは首を傾げる。
「なんであの女がヒルデで、私はアウローラ様なのです?」
ええと、とフィルは瞬きをしながら答えた。
「……だって、ヒルデがそう呼べって」
「あなたがヒルデガルド様をどうたらしこもうが知ったことではありませんが、あの方と会ったのは今日でしょう?私とはもう一ヶ月も一緒にいるのに、いつまでアウローラ様と?」
「……ええと」
ちらりと上目遣いにアウローラを見る。なんか既視感があった。つい昼間のことである。
「……ローラ様?」
アウローラが閉じた扇子で自分の口元を押さえる。まだ言いたいことがあるけれど?というやつだ、たぶん。
いいのかな、と思いつつ言い直した。
「……ローラ?」
「なにかしら、フィル」
「いいんですか?」
「私がいいと言うんだからいいのよ」
ふは、と思わず笑いがこぼれた。
「ありがとうございます、ローラ」
「なんのことかしら。……さて、宴の様子でしたわね」
「僭越ながら、よろしいでしょうかウィル様」
やっぱりグラスリーのお嬢様で次期領主夫人を呼び捨てはまずかったかな、と姿勢を正すフィルに、シュナは重々しく告げた。
「ヒルデガルド様の前では、アウローラ様をローラとお呼びしないように、くれぐれもご注意願います」
「……」
やっぱりシュナは、大変有能で気のつく女性であった。フィルもまた重々しくうなずく。
「……ご忠告、胸に刻み込みます」
フィルの答えに、アウローラが無言で、扇子をパチンと鳴らした。




