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野掛けの反省会

「……という感じなんですが」


 景色を見ながらの和やかな昼食会を終えて、雲雀館に戻ってきたフィルである。宴の準備からセイレアは抜けて来れなかったが、アウローラと、それからシュナが沈痛な顔でセリウスを連行してきた。


「ウィルフォード様って本当に八歳だったんです? 年上の婚約者に、うちの領の名産品で織った高級ショールを贈りますねって約束するとか、そこいらの男子にできる発想じゃないです」


 アウローラは頭を抱えている。シュナはセリウスを引っ張ってきた時の沈痛な顔のまま無言で、セリウスは流石にいつもの笑顔を引っ込めて額を押さえていた。


「なんていうか、そもそものお話よりだいぶヒルデのウィルフォード様に対する好感度が高いんですが」

「……ヒルデ?」


 アウローラが目を細めた。


「結婚する相手に対して姉様呼びはないでしょって圧をかけられました」

「最初に姉様って呼べって言ったのはあちらじゃない!」

「何か心境の変化があったようで」

「一体なにが起きてるっていうのよ!」


 僭越ながら、とシュナが口を開く。


「ウィル様は、頑張っていらしたと思います。あの状況で会話を無視するわけにも、ルッカに不慣れなヒルデガルド様を黙って見ているわけにもいきませんし。ただ、なんていいますか……」

「ルッカについてしゃべりすぎたでしょうか」

「それもありますが問題の本質はそこではありませんね。……思ったより、お二人の相性が良かったというか、噛み合ってたというか」


 ふう、とセリウスがため息をついた。


「ウィル様、宴は欠席いたしましょう。久しぶりに外気に当たって疲れが出たとでも言い訳をして」


 フィルとシュナは目を見合わせる。


「どうしたの?」


 アウローラがいぶかしむ。


「……なんというか、不自然がすぎるというか」

「病弱というには少々、顔色も動作も元気すぎたというか……」

「そんなこと言ってる場合でもないでしょう。多少の不自然は仕方ありません」


 セリウスの言葉にシュナが反論する。


「いえ、セリウス。どっちに転ぶかはともかく、このウィル様はヒルデガルド様と元気に楽しくお昼の時間を過ごされたのです。そこで後から、ウィル様はご不調のため会わせられません、となると、あちらからは領主様や風領の上層部がヒルデガルド様を遠ざけようとしていると取られるのでは?」

「それはまあその通りですが」

「向こうに不満を抱かせると、円満な婚約解消が困難になりませんか?」

「……」


 アウローラが首を傾げた。


「でもそれは、今の状態で二人の仲が良くなっても同じじゃないかしら」


 シュナが首を横に振った。


「やむを得ない事情が発生して婚約をお断りするのは、どんなに婚約者同士の仲が円満でも起こり得ます。ですが、この状態から風領がウィル様とヒルデガルド様の交流を断つように動くのは、火領から風領そのものへの不信感を抱かせたり、ヒルデガルド様個人に対して隔意があると取られかねません」


「……だとすると?」

「交流を最小限にするのは当初の方針ですし、ウィル様の負担を減らす上でも必要と思います。ただ、いきなりもう会いませんとは……。ひとまず宴については元々の予定通りに参加して、時間を理由に早めに引き上げるのがいいのではないでしょうか」

「……」


 思案するセリウスに、フィルは手を挙げる。


「あの、私からもよろしいでしょうか。――先ほども申し上げたんですが、なんかすごくヒルデの圧が強いんです」

「……そのようですね」

「体調不良で宴を欠席とか言ったら、お見舞いくらいは言い出しそうです、あのお姫様」


 セリウスの表情が引きつり、アウローラが手元で扇子を握りしめた。


「それは私も思います。……ウィル様に対して、ものすごく積極的でいらっしゃいますよね。もちろん元々のお人柄もあるのかとは存じますが……何か、火領の情勢に変化などあったのでしょうか」


 シュナの疑問にセリウスが腕を組んだ。


「ヒルデガルド様は統承(とうしょう)三位……もちろん軽い立場ではないが、一位の姉君は成人していらっしゃるし、二位の兄君もファビアン様と同い年だったろう。下にも弟妹がいらっしゃるし、火領の統承関係は比較的安定していると思うが」

「結構本格的に、狩師として魔害駆除に参加してるようなお話でした。……ウィルフォード様とご結婚したら、今のお仕事はどうなるんでしょう?」


 フィルの疑問に三人が顔を見合わせる。まずはアウローラが口を開く。


「基本的には、ヒルデガルド様が風領にこられるものだと思っていました。もちろん懐郷病予防やご懐妊の際には里帰りされるでしょうが、向こうは統承が五位までいるはずですし、こちらの二位の方を婿によこせとは言わないでしょう?」


 その言葉にセリウスもうなずく。


「むしろ風領でもこちらの狩師隊に参加していただければ……みたいな皮算用もありましたね、当初は」


 フィルは首を傾げる。


「単純に、ウィルフォード様の結婚相手としての条件がすごくいいので逃したくないとか……」

「今日ウィル様とお話しされて、そのお気持ちが強くなったというのはありそうな話ですね」


 シュナがため息をついた。


「やっぱりあなたのせいじゃない」


 アウローラがフィルをじっとりと見る。


「だいたい、あなたも調子が良すぎるのよ! もうちょっと気の利かない、女の子なんて興味ない自分本位でわがままなお子様のふりはできなかったの?」

「初っ端の打ち合わせ不足と予定変更は私のせいじゃないです」


 まさか到着したその足で、まっすぐウィルフォードに会いに来るとは。

 あそこで、ヒルデガルド視点で二年ぶりに再会した婚約者のふりを、なまじそこそこ無難、というかいい感じにこなしてしまったが故に、今さらフィルの扮するウィルフォードを悪ガキ方向に修正するのは無理がある。

 そもそもの目的は向こうから婚約を破棄してもらうこと――までは難しくとも、少なくとも婚約解消の申し出を、納得して受け入れてもらう事なのだ。シュナの懸念どおり、不自然な印象操作はそれ自体が不信につながる。


「いっそ、ウィル様は誰にでも調子の良い女たらしの方向に修正するのはどうでしょうか」

「……」


 なんだかシュナがとんでもないことを言い出した。ウィルフォードの名誉はいいのだろうか。


「この子を病弱ですと言い張るよりは、そちらの方が自然かしら」


 アウローラまで同意している。


「私女ですけど」

「問題ないわ。あなたには十分その素質があってよ」

「……そうですか」


 アウローラが言うならそうなのだろう。活かせるものは活かすべきではある。


「宴では私が介添えにつきましょう。余計なことを言わずにさっさと退出しますからね」

「……さっきもなんかやり合ってましたけど、アウローラは大丈夫なんですか?えっと、淑女の名誉的なものとか」


 ふん、とアウローラが鼻を鳴らした。望むところと言わんばかりである。普段の淑女ぶりはどこへ行ったのだろう。


「なにを勘違いなさっているのかは知らないけれど、私はウィル様の将来の義姉(あね)ですもの、世話を焼くのは同然ですわ。あちらが勘繰るのは勝手ですけれど。先ほどだって雲雀館の奥にはファビアン様もいたのだから、二人きりというわけでもなかったし」

「……兄上っていましたっけ」

「婚約者を迎える弟の装いを、兄とその婚約者が確認しにきたのだから問題ないでしょう」

「兄上もいたんですか?」

「いたのよ」

「……わかりました」


 アウローラが言うならそうなのだ。フィルは思考を切り替えることにした。


「気が利かない方向性で考えると……ヒルデを泥遊びに誘ったら、ついてくると思います?」

「確かに女性を誘うには気遣いに足りない提案だけど、あの方なら喜んでついてきそうなのよね……」

「この時期だと泥ガニ退治とかでかっこいいところ見せてくれそうですよね」


 アウローラが呆れた視線を向ける。


「あなたまで好感度を上げてどうするのよ」

「火の魔術があれば一発じゃないかと思うんですよね。ほっとくと増えすぎて水路は詰まるし水辺の凪咲花(なぎさきばな)もめちゃくちゃにするんですから、あのカニ」


 セリウスが頭痛をこらえるような顔をした。


「……それも含めて、明日以降の予定を検討いたしましょう。ひとまず宴については、アウローラ様にお願いしてもよろしいでしょうか」

「お任せください」


 アウローラの頼もしい笑顔に、フィルはなぜか非常に不安を覚えた。

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