領主館からの使者
ルッカを急がせ、ひとまず家の荷下ろし場所に着く。そこに妹のセイラが走ってきた。
「お姉ちゃん、お父さんが急いで母屋に来てって」
「私!?」
まさか自分が呼ばれるとは思わず、フィルは仰天する。
「セイラ、うちに大鷲が飛んで来たのか?」
シュルクが尋ねる。
「うん、すごかったよ! バサーって、空が暗くなって、ふわーって!」
セイラは目を輝かせるが、シュルクは先ほどとは打って変わって思案顔だ。
「あんな立派な鷲は間違いなく貴族様のもんだと思う。事情はわからんがフィル、とにかく急げ」
わかった、とうなずいたとき、父の声が聞こえた。
「あの、そちらは作業場でして……! 偉い方をお通しするような場所では……!」
え、とフィルは振り返る。
荷下ろし場に歩いてきたのは、身なりの良い男の人だった。質の良い仕立てだが、フィルの想像する貴族様方の豪華な服よりもだいぶすっきりとした、動きやすそうな形だ。その人は、フィルを見とめると立ち止まった。その視線がつと、フィルの顔から斜め上に流れる。
「……」
フィルは一歩後退り、無意識に左側の髪を隠すように押さえる。この視線の動きには、思い当たるものがある。家族や村のみんなは今さら驚くことも珍しがることもないが、フィルの髪は、風の属性を持つ者に典型で現れる銀髪に、一房の青い髪が混ざっている。水の領から嫁いできた曽祖母の色だ。
他領の色合いが混ざることはよくあるが、フィルのようにはっきりと二色に分かれて出ることは珍しい。フィルの警戒を見てとったのか、その人はこちらに向かってにこりと笑った。
「フィル、挨拶だ。……良き風の吹く日に、カルデンのシュルクがご挨拶いたします」
隣でシュルクが膝をついている。フィルも慌ててシュルクに倣った。
「良き風の吹く日に、カルデンのフィルがご挨拶いたします」
男の人はうなずいて言葉を返して来た。
「良き風を呼ぶ出会いに感謝を。セリウス=フレイです」
やっぱり貴族様だ、とフィルは思う。フィルたちの名乗るカルデンは、この村の名前だ。この国では生まれたときはみな神殿に名を登録するが、フィルのような平民が登録するのは、父と母の名だけだ。家名があるということは、昔から土地を持っている貴族様の一族か、もしくは領主様にお仕えするお役人か。まあ大抵のお役人は貴族の出身らしいが。
「カルデンのフィル。いくつか尋ねたいことがあります。……ああ、楽に答えてもらって構いません。どうぞ立って」
え、とフィルはセリウスの後ろに立つ父を見やる。父は困ったような顔をしてうなずいた。フィルは立ち上がって背筋を伸ばす。
「私にお尋ねとは、なんでしょうか」
「歳はいくつですか?」
「……十四になりました」
ふむ、とセリウスはつぶやく。
「突然押しかけて申し訳ない。荷車で帰ってきたようですが、行商から戻ってきたところですか?」
「はい、そうです」
「すれ違わなくてよかった。ここの家は水領との販路を持っていると聞きましたが」
フィルはもう一度父の方を見た。父もいぶかしげな顔をしているが、再びフィルにうなずいてみせる。
「私の曽祖母が水の領の出身でした。水領には親戚と、当時からのお得意様がいます。風領のルッカ毛は、他領においても糸や織物として高い需要があります」
噛まないように、お得意様に向かって商品の説明をするときのように、ゆっくりと丁寧に話す。
「家の仕事をちゃんとしているのですね。……跡取りはお姉さんがいるのでしたね?」
セリウスは変わらずにこにこと気さくな様子だったが、フィルの背筋には薄ら寒いものが走った。なぜこの貴族様はフィルの家に鷲で乗り付けて、フィルとこんな雑談をしているのだ。……家業や家族構成についてまで、詳しく調べたと言わんばかりに。
「確かお兄さんが上級学校に進学しているとか。……当主殿は子に恵まれましたね」
いきなり水を向けられて父が焦ったように答える。
「は、はい。フィルも商売熱心で、よく手伝ってくれます」
うんうん、とセリウスはうなずく。
「実は、今日はそんなフィルさんにお願いがあって来ました」
「お願い?」
「はい。私と一緒に、領主館まで来てもらえませんか。ぜひ、お願いしたい仕事があるのです」
「仕事? ……領主館って、領主館ですか。ええと、領主様がお住まいの」
理解が追いつかずに間抜けな返しをしたフィルに、セリウスはやはりにこにこと笑顔で返す。
「領主館は風領の領主様がお住まいの領主館で合っています。領主のお仕事もそこでなさっていますね。いかがでしょう」
「あの、それって私一人でですか?」
思わず父に視線を向ける。先ほどセイラを母屋に連れていった母も、ちょうど急ぎ足で戻ってくるところだった。
「はい。フィルさん一人にお願いしたい仕事になります」
「あ、あの、セリウス様!」
父が割って入った。
「大変光栄なお申し出ですが、フィルにお頼みになりたい仕事とはなんでしょうか。確かに娘は歳の割にはしっかりしていて、家の商売なども手伝ってくれていますが、まだ十四歳です。うちのフィルが、領主館でどのような役に立つのでしょう」
セリウスはうーんと困ったように首を傾げてみせた。
「こんなことを言うと親御さんは心配になるでしょうが、実はちょっと事情がありまして。お願いする仕事については、領主様から直々にお話しされます」
「領主様から!?」
両親とシュルクの驚きの声が揃った。フィルにいたってはぽかんと口を開けたきり返事もできない。
領主様って、領主館にいる風領で一番偉い人のことではないのか。その言葉通り雲の上の方が、フィルに直接仕事を頼む?
「もちろん、聞いた上で断っても構いません。でもまずは、一緒に館に来て話をきいてもらえませんか?」
あ、このことは内密にお願いします、とセリウスは指を口の前に一本立ててみせる。両親とシュルク、そしてフィルは顔を見合わせた。
いやな感じとまでは言わないが、なんとなく一方的な気配を感じた。もちろん言いふらすつもりなんてないけれど、でも前置きなしに内緒話を始めておいて、後からそんなことを言うなんて。
それに、断っていいとは言うけれど――。
「そんな、無茶をおっしゃらないでください」
入り口のほうからよく通る、でもどこか困ったような響きの声がした。セリウスが驚いたように振り返る。
ゆっくりと歩いてくるのは、フィルの通う学校のエルン先生だった。
「先生?」
「フィル、お帰りなさい。水の領はいかがでしたか?」
「火季用の布は中々の売れ行きでした。……ええと、先生はどうしてうちに?」
エルンがフィルに向けてにこりと笑った。
「大鷲が村に飛んできたと子どもたちが教えてくれたのですよ。何かあったのかと思っていたら、ソールさんが呼びに来られて」
「義兄さんが?」
エルンはうなずくと、すっとセリウスに向き直る。
「グラスリーの神殿学校で初等教育を担当しております、エルンと申します」
「……」
エルンに向けて、セリウスがゆっくりと礼をとる。
「風の領にて書記職を預かります、セリウス=フレイと申します。この度はお騒がせしております」
エルンが首を振った。
「いえいえ、領主館から大鷲で使者殿が直接おいでになるなど、さぞかし重大な要件が出来したのではないかと気を揉んでおりました。領主館の方々にはお変わりなく?」
「……はい」
なんだか、急にセリウスの勢いが落ちたようである。フィルは内心で首を傾げた。貴族様でも先生という存在は怖いのだろうか。見たところ、セリウスの方が年も上のようなのだが。
「それで、子どもを一人で領主館に呼び寄せて頼まねばならない仕事とは、どのような内容なのでしょう」
「申し訳ありません、私には説明する権限がないのです」
「風領の書記筆頭殿に、権限がないと?」
エルンの問いにセリウスは困ったように微笑むと身をひねる。腰の後ろにくくりつけられていた薄い鞄から書類を二枚取り出した。エルンは渡された書類を検めるとうなずいて、セリウスに一枚を返した。
「フィル」
「はい!」
授業で当てられる時よりよほど緊張して上擦った声が出た。エルンが手招きをする。
「領主殿より、フィルに宛てた手紙です」
「……手紙?」
渡されたそれにフィルは視線を落とす。
――カルデンのフィルに依頼がある。詳細は館にて伝えるので、使者と共に来て欲しい。依頼を受けることがなくても、謝礼を持たせる。
そして最後に風の紋章だ。両親とシュルクもフィルの背後から「手紙」を覗き込んでいる。
「フィル、ご両親も、どうされますか?」
「どうするって……」
「セリウス殿と一緒に行くか、行かないか、ですね。セリウス殿、返答に時間をいただくことは?」
「明日の朝には戻りたいので、今夜中には」
「帰りはどうするのですか?」
「大鷲をグラスリーまで運び、そこから飛びます」
「大鷲?」
シュルクがあげた声にエルンとセリウスがシュルクを見る。シュルクは慌てて手を振った。
「いえ、なんでもないです、失礼しました」
「……セリウス様は、大鷲に乗って帰るのですか?」
フィルも思わずそう聞いていた。二人の視線がフィルに流れる。セリウスが、にこりと笑った。
「大鷲で来たのですから、もちろん大鷲に乗って帰ります」
「あの、私が行くって言った場合は……」
フィル、と小声で母がたしなめる声を出す。
「私の乗ってきた鷲は大きいので、ちゃんとした騎乗鷲台からであれば、あなたと私なら二人乗りができるでしょう」
二人乗り。
大鷲に、乗れる?
完結まで毎日19:10更新予定です。




