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アウローラの決意

「……この際、他にも気になることがあれば聞いておきたいのですが」


 第一印象って結構重要ですよね、と続けたフィルの言葉に、アウローラは少し考えるような様子を見せる。

 と、セイレアが口を開いた。


「ウィルフォード殿、今レイネシア殿は雲雀館でお休みに?」


 不意の名指しに、ウィルフォードはとまどった様子で、はいと答えた。


「フィルさんはウィルフォード殿より少し背が高いですが、大きめに作った服ならお借りできるかと思うのですよね。来月はもう少し暑くなるでしょうし、気候に相応しい服を数点見繕ってもよろしいかしら」

「大丈夫ですが、今からですか?」

「ウィルフォード殿とレイネシア殿の意向も確認しながらがいいでしょう。お休みのところ申し訳ないけれど。ファビアン、あなたも来なさい」

「はあ」

「気の抜けた返事はおよしなさい」


 ファビアンにぴしゃりと言いつけて、セイレアは立ち上がる。


「それではアウローラ殿、フィルさんをお願いしますね」

「……承知しました」


 最後にフィルに微笑みかけて、セイレアはファビアンとウィルフォードを引き連れて部屋を出ていった。フィルはぽかんと見送った。


「……なんというか、セイレア様って優しい方と思ってましたけど、やっぱりなんか、圧がありますね」

「威厳とおっしゃい」


 アウローラが言い返すのに、フィルは首を傾げた。


「威厳ですか? 今のはなにか違いません?」


 どっちかというと近所のおばちゃんたちの世話焼きとかおせっかいに通じるものがある気がする。さすがにそれを口に出したらせっかく態度の軟化したアウローラが激怒する気がして慎んだが。


「もし、アウローラ様が言いたいことは全ておっしゃられたというなら、私から聞いてもいいでしょうか」

「……なんでしょう」

「さっきもうっかり口に出しかけたんですが……セイレア様とレイネシア様ってどういうご関係なんですか? それこそ平民だと、第一夫人と第二夫人とかって、夫に相当の甲斐性と立ち回りが求められるんですが」


 アウローラが深々とため息をついた。さっきから割とため息をつかせている気がするが、その度にちゃんと「今あなたに呆れています」と伝わってくるのにいっそ感心する。


「まず、領主にとって子をもうけることは……もっと厳密に言えば、統承(とうしょう)をつなぐことは義務です」

「統承」


 そこからか、と言う目をされた。こればっかりは仕方ない。文字通り、今まで生きてきた世界が違うのだから。……まあ、だからと言って開き直ってばかりいるとまた怒られそうではある。


「そう言えば、ウィルフォード様も、統承二位?と仰ってましたっけ。……跡取り順、と言うことですか?」

「その理解で大枠はあっています。……これに関してはしっかり説明したほうがいいですね。ウィルフォード様が知らないはずのないことなので」


 後でちゃんと資料を準備しますが、とアウローラは言った。


「今あなたの言った通り、統承とは跡取りの順番を指しますが、これは特に領主の後継に使われる言葉です。そして神殿法で順位や決め方も厳密に定められています」


 フィルは瞬きをした。


「家の跡取りって、普通は長子ですよね? 順番をつけるなら、そのすぐ下の弟妹になるかと思うんですが」


 アウローラがうなずいた。


「なぜ統承が定められているかというと、領主の跡取りが混乱しないように、争いが起きないように、という意図だそうです。風領で言えばもちろん一位はファビアン様、二位がウィルフォード様となります」

「……そうすると、今風領には統承二位までしかいないということですか?」


 ヴァレリスの言っていた「ウィルフォードを統承二位に置いておきたい」というのはそういうことか、と考えて再び疑問が芽生える。


「ウィルフォード様が統承を外れるということはあるんですか?」


 アウローラの視線が厳しくなる。


「滅多なことを言わないでください……いえ、失礼しました。今回については避けて通れない話ですね」


 なんとなく、アウローラの沈鬱な雰囲気に飲まれてフィルも姿勢を正した。


「領主の後継の順位であるということが前提ですので、領主の任を果たすことができない理由があれば、天神殿に統承の取消しを申請できます」

「……取り消すのも天神殿なんですか?」

「ええ、申請も取消しも天神殿の扱いになります。申請は生まれて一年以内に行います」

「は?」

「大抵は生まれた時に名付けと一緒に申請して、一歳の誕生日に天神殿から認定が下ります」


「……領主の任を果たせるかどうかなんて、一歳でわかるわけなくないですか」

「ですので基本、生まれた領主の子はみんな統承を申請します。統承を受けた領主の子を教育するのも領にとって大事な仕事です。……統承の制度については細則も多いので、後でちゃんと神殿法と領地法と合わせて説明しますが、今はとりあえず統承の意味だけ把握してもらえれば結構です。とにかく、領地の後継者は一歳の時点で与えられる統承順が絶対と決まっています。同時に、領主にとって後継者を得ることは義務です」


 フィルはうなずく。後継者を得ること、また継承時に混乱をきたさないことは領地を安定させるのに必要ということだろう。


「ですので、男性領主においては複数の妻を持つことはほぼ既定路線です」

「……」

「むしろヴァレリス様の妻が二人なのは少ないほうです」


 そこでフィルは最初の疑問を思い出した。


「……セイレア様とレイネシア様のご関係って」

「領民の規範たる領主ご夫妻において、妻同士の仲が悪い訳がないでしょう」

「……」


 そういうことになっているのか、とフィルは思った。どちらにしても、夫である領主に相当の甲斐性と立ち回りが求められるのは、平民と変わらなそうだ。


 そこでもう一つ、気づいてしまった。


「……アウローラ様は、よろしいんですか?」


 男性領主が後継をもうけるために複数の妻を持つ、それはそのまま次代の領主にも言えることなのだと。

 アウローラがキッとフィルをにらみつける。


「よろしいわけないでしょう!」


 ですよね……とフィルは、アウローラの手の中でミシミシと音を立てそうな茶碗を見ながら思った。


「ええ、わかっていますとも。いずれ第二夫人や第三夫人を、領内外から迎える必要があるって。そもそもファビアン様の第一夫人が年上の方なら来年には結婚できるのにって。早くファビアン様にお子ができれば、領主様もウィルフォード様も、ファビアン様のお立場も楽になるのにって」


 そんな感じのことをエルンも尋ねていたな、とフィルは思い出した。……あれをアウローラが聞いていなくてよかった。もし聞かれていたら、フィルへの当たりが強くなる程度では済まなかっただろう。


「でも、私はずっと、ファビアン様の妻になるためにがんばってきたのに……!」

「……アウローラ様は、ファビアン様をお慕いしてるんですね」


 好きな人と結婚できるのだから幸せなのか、結婚相手を好きだからこそ、将来の第二夫人の存在に不安になるのか。


「だから、ぽっと出のあなたがセイレア様に気遣われてるのを見ると余計に腹立たしいのよ!」

「そっちですか?」

「……少なくとも今の婚約者は私だけだし、将来の第一夫人としてセイレア様にはいろいろ教えていただいてるけど、いずれ第二夫人や第三夫人を迎えても、セイレア様は同じようにきっと色々気遣われるわ」

「……それは、そうでしょうね」

「なのにあなたは! 緊張感もなにもなしにお茶飲んでくつろいでるし!」

「これでも私なりに緊張はしてるんですが」

「ファビアン様にお会いしても反応薄いし!」


 そんなことは、と反論しかけて口をつぐむ。初対面の貴族であるセリウスの来訪、大鷲での飛行、領主、その第一夫人、影武者をするべきウィルフォードとの対面を次々と経験したフィルの中で、正直言ってファビアンの印象は確かに薄い。


「……いえ、昨日から領の重要人物と立て続けにお会いしたり大鷲に乗ったりと続いていたので……というかアウローラ様は私がファビアン様に興味津々でもいいんですか」

「いいわけないでしょう!」

「ですよね」


 アウローラが手にした茶碗の中身を一気に干した。


「私も、腹を決めました」


 心なしか目が座っているような気がする。迫力に押されてフィルはなんとなく背筋を伸ばす。


「影武者を立てるなんて策に気後れしている場合でも、あなたにイライラしている場合でもないということに、遅ればせながら気づきました。これから一ヶ月、私の全力であなたをウィルフォード様に仕立ててみせます。なんとしてでも火領にウィルフォード様の健在を見せつけ、統承取消しまでの猶予をもぎ取ります。外野から、ファビアン様に向かって一刻も早く子をもうけてくださいなんて言わせないためにも」


 そう言って、アウローラはフィルを畳んだ扇子でピシリと指した。


「私たちの利害は一致するはずです。あなたはあなたの成功報酬とやらのために、全力を尽くしてください。私はそれを助けます」


 フィルは思わず息を飲んだ。同時に思う。ここで気圧されてはいけない。彼女は今、フィルが自分が協力するに足る相手かを見定めているのだ。……出会ってすぐの時に感じた品定めの視線より、今のそれの方が真剣で、でも嫌な感じはしなかった。


 お嬢様に負けてはいられない。フィルも一つ深呼吸をし、それからにこりと笑って答えた。


「承知しました、アウローラ殿。ご指導よろしくお願いいたします」


 アウローラが瞬きを一つする。それからすっと居住まいを正すと、ふわりと、あくまで上品に微笑んでみせた。


「こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします、ウィル様」


 座ったまま軽く頭を下げる。白い頬の横を、頭の動きに合わせて銀の髪がさらりと流れた。まるで綺麗な音でも鳴りそうなその動きに自然に視線が吸い寄せられる。


 やっぱり綺麗な子だな、とフィルは思った。

読んでくださってありがとうございます。

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