ウィルフォード
ファビアンとセイレアに促され、ウィルフォードが絨毯にあぐらをかく。
「フィルさんはウィルフォード殿の正面にお行きなさい。席順についても、正式な場所でのものは後で教えますけど、今はともかくウィルフォード殿と実際にお話しするのがいいわ」
セイレアに言われるまま、フィルはウィルフォードの正面に腰を下ろした。おずおずと見上げてくるのに、安心させるように笑顔を作る。ウィルフォードも、ちょっと遠慮がちにではあったが、微笑みを返してきた。
「……お待たせいたしました」
アウローラが盆を持ってしずしずと歩いてくる。まずセイレアに、続いてファビアン、ウィルフォード、フィルの前に茶碗を置いていく。
「アウローラ殿、あなたもお座りなさい」
「……ですが」
「あなたともこの後きちんと話をしますが、今はウィルフォード殿がお見えですから。貴重な時間でしょう」
アウローラはかすかにうなずくとセイレアの隣に座った。
「ウィルフォード殿、お変わりはありませんか?」
セイレアが声をかける。ウィルフォードはうなずいた。
「ご心配おかけしています。体調などは問題ありません」
「レイネシア殿は?」
「……昨日から頭痛がするそうです。熱などは出ていないのですが」
「そう」
セイレアがため息をついた。
「あの方はまったく……意地を張らずに、一度お帰りになればよろしいのに」
フィルは瞬きをした。レイネシアはウィルフォードの母で第二夫人とのことだが、今のセイレアの言い方はなんだろう。……やっぱり仲が悪かったりするのかな、と思いながら、そっと茶を飲んだ。
ふと、ファビアンの視線に気づいて背筋を伸ばした。茶碗を慎重に置く。ファビアンがにこりと笑った。先ほどウィルフォードの見せた笑顔と似ているなと思った。もっともこちらには弱々しい印象はないけれど。横目でアウローラをちらりと見る。茶碗を握りしめるようにして、彼女は俯いていた。
「ローラの入れるお茶は美味しいでしょう?」
ファビアンに話しかけられてフィルはびくりと視線を戻す。隣の気配が緊張に強張ったのを感じた。
「この風露草の葉の風味は飲みやすくて、私もウィルも好きなのですよ」
「あ、はい。アウローラ殿にもひさしぶりにお目にかかります。お茶をありがとうございます。以前に頂いたときより美味しく感じます」
水を向けられたウィルフォードがアウローラに礼を述べる。年下に気を遣われてるぞ……とアウローラに視線を流しながら、ウィルフォードの受け答えにちょっと感心した。十二歳と聞いたけれど、カルデン村や神殿学校のそのくらいの歳の子どもたちは、お茶の味なんてほとんど意識していないだろう。これが育ちとか教育とかいうやつだろうか。
そこまで考えて、先ほどのアウローラの「お里が知れる」発言を思い出した。腹立ちが再燃するが、ただ、彼女の言うことにも一理あるとは思う。育つ場所が違えば感覚が異なる部分があることなんて、それこそ水領に数日滞在しただけでも実感できた。もちろんそれが感覚の違う相手を貶める理由にはならないが。
ただ今回については、万が一にもヒルデガルドにフィルの正体がバレたら、風領はまた火領に借りを作ることになるのだ。フィルにしたって成功報酬の一万シルがかかっている。……いや、もっといえば火領のお姫様の不興をフィルが一番にかぶる可能性がある。
「ウィルフォード様は」
フィルが口を開くと場の視線が集まった。多少の気まずさを振り払いながらフィルは続ける。
「ヒルデガルド様とは、どのようなお話をされるのですか?」
ウィルフォードは瞬きを一つすると、口を開いた。
「今までヒルデガルド様は風領でお会いしたので、風領のことについてお話ししました。とは言っても、二年前の僕ではあまり上手に説明できなくて、周りの大人に聞きながらでしたが。……あと、騎乗鷲台にご案内しました。風領の生き物にご興味がある様子でしたので」
結構しっかり交流してるんじゃ、とフィルは思った。これは、二人のやりとりをしっかり確認しておかないとまずいのでは。
「ヒルデガルド様は、大鷲には興味を示されましたか?」
「喜んでくれたと思います。ヒルデガルド様は火領では馬に乗って、魔害駆除に同行されたとおっしゃってました」
「……魔害駆除」
「はい。ヒルデガルド様は十歳で初めて魔害駆除に参加されたそうです。山の方の果樹園に、火鼠という魔獣が出るそうなんですが、魔力で罠を仕掛けたり、収穫の時に採った果物を荒らされないように見張りをしたりするんだそうです」
火領のお姫様とやらはずいぶん実戦的らしい。うーん、とフィルは考える。
「……ウィルフォード様は、ヒルデガルド様とお話しされるときは今のような感じでしゃべってらっしゃるんですか?」
「はい。年上の方ですし、子どもっぽいしゃべり方にならないようにと」
「なるほど」
「……変ですか?」
「いえ、私もウィルフォード様の真似をするのには、とにかく丁寧にしゃべるようにする方が良さそうだと思って」
セイレアを見ると、うなずきが返ってきた。
「二年経っているとはいえ、口調などがあまり変わっていては違和感が出そうですものね。先ほどアウローラ殿も言っていましたが、ヒルデガルド殿はもちろん周囲の火領の方も年上の方になるので、丁寧な口調に統一するのが無難でしょう」
確かに、身分的には許されるのだとしても、ヒルデガルドの侍女や護衛に対してあまり横柄に振る舞うのは良くないだろう。本物のウィルフォードもそういうことはしなさそうだ。
あと、とセイレアが苦笑する。
「あまり過激な言葉や品のない言葉は避けてくださいね。それなら丁寧になりすぎて慇懃無礼になってしまった方がまだましです」
「承知しました」
やっぱりクソはダメだったか、とフィルは肩をすくめた。
「ウィルフォード殿、後で今までヒルデガルド殿とどこに行ったか、どんな話題が出たか、思い出せる範囲でよろしいですから、紙などに書いてもらえますか」
「わかりました」
「フィルさんもあまり上手くやろうと思い詰めなくて良いですからね。わからない話題には無理に取り繕わずに忘れた、覚えていないと答えておしまいなさい。……最終的には、縁談はお断りするわけですし」
セイレアの言葉にウィルフォードが微かに視線を伏せた。影武者がバレたり、風領から火領に無礼を働くことになるのは良くないが、フィルが多少やらかして、ウィルフォードに対するヒルデガルドの心象が悪くなるのは構わないということだろう。
……むしろ向こうから断られるよう仕向けろとか言われた気もするし。
ふむ、とフィルは顔を上げる。
「それで、アウローラ様は私の何が気に食わないんです?」




