教育係とのお茶会
本館から回廊で繋がった先に、本館に比べれば少々こじんまりとした、けれど華やかな装飾の白鷺館があった。こじんまりとは言っても、フィルの家が三つくらい入りそうな規模だが。
恐る恐る足を踏み入れる。アウローラの滞在で使う館とのことだから、今も特に閉め切っているというわけではないのだろう。内部は明るく、ちゃんと手入れされている様子だった。そのまま日当たりのいい部屋に通される。
「ここは客間ですからね。婚約者の母と弟を通すのには相応しいでしょう」
スカートの裾をふわりと捌いてセイレアが絨毯の上に座った。視線で促され、フィルも座ろうとして固まった。フィルの様子にセイレアがくすくすと笑う。
「それほど緊張しなくてもよろしくてよ、ウィル殿。普通に、座りやすいように座って大丈夫」
細かいところに気を配れるのは頼もしいですけどね、と微笑まれ、フィルは腹を決めて先ほどと同様、あぐらをかいて座る。スカートの時にやると怒られるが、ここで自分がスカートを穿くことはなさそうだし。
かちゃり、と音がして振り返ると、アウローラが茶器の準備をしていた。
「アウローラ殿、ウィル殿がいますからあまり癖や渋みの強くないものが良いかと思うわ」
「かしこまりました」
アウローラがうなずくのに、フィルは居心地の悪さを覚える。
「……アウローラ様がお茶をご準備されるのは、ここがアウローラ様の館だからですか?」
「アウローラ殿、でよろしいわ、ウィル殿。ファビアンと婚姻後、ファビアンが領主を継いだ後ならアウローラ様と呼ぶべきだけど」
セイレアはまず言葉遣いを注意してから、フィルの疑問に答える。
「ウィル殿の思ったように、お茶の準備をするのは招待主だったり家主が基本ね。もちろん使用人に任せることもできるけど、大事なお客様をお招きした場合は招待主が手ずから入れることも多いわ。その辺りの感覚に違いはないかしら」
まあ、今はあまり他の者を部屋に入れたくないというのもあるけれど、とセイレアは付け足す。
フィルはうなずく。平民の場合はもちろん使用人などいない家のほうが多いが、やはり客を招いた時は招待主が入れた茶を出すのが基本である。……ということは。
「あの、そうすると火領のお姫様がいらした時は、私……じゃない、僕がお茶を入れるのでしょうか」
セイレアが頬に手を当てる。
「確かにそうね。できるだけヒルデガルド殿との接触は減らすと言っていたけど、歓迎の意は示さないといけないし。ウィル殿がヒルデガルド殿にお茶を入れるというのは理屈としても礼儀としても適っているのだけれど」
あ、それと、とセイレアは続けた。
「今は自分で気づいたようですけど『私』には気をつけなさいね。でも、もし言い間違えてしまったら、焦って言い直すよりは知らん顔で続けなさい。慌てるほうが余計に目立ってしまうわ」
「……気をつけます」
「火領のお姫様、という言い方も距離があるわね。婚約者であるウィル殿なら、名前で呼んだほうが自然だわ」
「ヒルデガルド様?それとも、ヒルデガルド殿でしょうか」
「ファビアンならヒルデガルド殿と呼ぶでしょうけど」
ウィル殿には早いかしら、とセイレアがアウローラに向かっていう。
なにやら細かい模様が曲面に描かれた、ツルツルとした高そうな茶器に湯を入れていたアウローラがこちらを見た。
「……そうですね、少々浮く気がします」
そう言って、アウローラは盆の上に高そうな茶器と高そうな椀を乗せ、セイレアとフィルの間に膝をついた。細く白い指が茶器をセイレアと、それからフィルの前に置いて行く。
「ウィル様より年嵩の方がほとんどなのですから、呼び方はお名前に様をつける形で統一するのがよろしいのでは?あまり複雑に呼び分けろといっても難しいでしょうし」
「……」
やっぱりなんとなく、アウローラはフィルに対してトゲがあるような気がする。言っていることはもっともに聞こえるし、セイレアも納得するようにうなずいているが。
「確かに呼び方一つに混乱している時間はないわね。ただ、ヴァレリス殿のことは父上、ファビアンのことは兄上と呼びなさい。それから、アウローラ殿以外の館内の者に対しては、ウィル殿は呼び捨てにして構わないわ」
「セリウス……もですね」
セイレアがうなずいて続けた。
「あと、天のお方がいらしたときには、師と呼び掛けなさい」
「エルン師、でよろしいでしょうか」
口に出すと微かに不安が胸をよぎる。フィルを保護してくれる先生との距離が急に開いたような心持ちになった。
「ええ。……天の方々と領の関係についてもおいおいお話しするわ。とは言っても、ヒルデガルド殿との話題に出そうな部分が中心になるけれども」
そう言って、セイレアは茶器に口をつけた。一口飲んで、アウローラに微笑みかける。
「花の香りがよく出ているわね。上達していますよ」
「恐れ入ります」
「ウィル殿もどうぞ」
「あ、はい」
フィルはそっと茶碗に手を伸ばした。茶器同様、こちらもツルツルした手触りに模様が描いてある。薄くて落としでもしたらすぐ欠けそうで、緊張して肩に力が入った。慎重に口まで運ぶと、お茶はセイレアの言うように花のような香りがした。けれど口に含むとすっきりとしていて飲みやすい。
「美味しいです」
「光栄です、ウィル様」
こちらを見もせずにいうアウローラの様子はなんというかすごくこう、つっけんどんだった。ちらりと正面を見ると、セイレアも苦笑している。
「言葉遣いに関しては、実際に喋って慣れるのが一番ですからね。気になることがあれば、どうぞ、おっしゃいなさい」
「ええと」
フィルはアウローラの手元を見る。
「アウローラ殿、は、セイレア様にお茶を教わっているのですか?」
つっかえながらになった部分は苦笑で流された。
「アウローラ殿」
セイレアに促され、アウローラは渋々と口を開く。
「私は成人後にファビアン様に嫁ぎますので、今からセイレア様に行儀作法や領主夫人の仕事などを教わっています。お客様をもてなすこともありますので、お茶を入れるのもその一環です」
「そうなのですね、すごく美味しかったです。これは初めて飲みましたが何のお茶でしょう」
「……これは風露草と言う薬草の葉を刻んで、お茶に混ぜています」
「風露草……高そうなお料理に入っている香り付けですよね。お茶にもなるんですね」
フィルが感心していると、セイレアが首を傾げた。
「受け答えや態度はハキハキしていていいのだけれど、高そうなお料理、はちょっと困るわね」
「……高級なお料理、と言うべきでしたでしょうか」
アウローラがため息をついた。
「そもそもウィルフォード様なら、風露草を使う料理を高級とは感じない気もしますが」
「……えーと、手間のかかった料理?」
セイレアがにこりと笑った。
「ウィル殿、もし料理について触れることがあれば、ただ、料理とだけ言いましょう。感覚的な形容は避けるように」
セイレアの指示はまごうことなきダメ出しだった。
「……はい」
なるほど、庶民感覚というのは身に染み付いているのだな、と自らを省みたところで、ふ、とアウローラが笑うような仕草をした。美少女が笑うと華やかな印象になるな、と思わず見とれたフィルに向かってアウローラはにこやかに言った。
「あまり無理をして喋らないほうがよろしいのでは? 文字通り、お里が知れたら大変ですもの」
「……」
この野郎。
てか私の里はあんたの家の領地だが。




