風領の作戦
エルンが言葉を続ける。
「領主殿もセリウス殿も、話を聞いた上で断っていいと、そうおっしゃっていたでしょう。……もし、不安を感じているなら、これ以上話を聞かずに断ってしまいなさい」
「エルン師、ここまできてそれは困りますが」
セリウスが苦笑を交えて口を挟むが、エルンはまっすぐにセリウスを見て言った。
「フィルはちゃんと考えることのできる、優しい子です。話を聞けば聞くほど断りにくくなって、悩むのが目に見えていますので」
「…………」
確かにもうすでに結構やばい話を聞かされているというのはわかる。もしここで無理だといえば、絶対に口外しないと誓約した上で村へ帰されるだろう。
――大鷲に乗って空を飛ぶなんて、この先一生ないような経験をさせてもらえたのだし、もう良いのではないか?
フィルの内心でそう囁くのは、フィルの慎重な部分の声でもあり、また母の声のようでもあった。そこに割って入ったのはヴァレリスの声だ。
「フィルの身の安全については私がしっかりと請け負います。仮に火領がフィルを罰しろなどと言ってきても、それは決して受け入れないと天のお方に誓約してもいい」
そしてヴァレリスは身を乗り出すようにして言った。
「それに、露見したときのことを考えるのは当然だが、私としてはこの策の成功率はそれほど低くないと考えている」
セリウスも言葉を重ねる。
「申し上げたように、ヒルデガルド様や火領の方と、フィルさんの接触は最低限にします。今まで魔力熱の後遺症と言って直接の交流を断ってきたのですし、今回も体調を崩したと言って、基本フィルさんは雲雀館にこもっていただければ」
「雲雀館?」
「ウィルフォードと母のレイネシアが主に使っている別館だな。こちらの本館は大鷲館と呼んでいる。執務や公式の客人などはこちらで迎えるし、火領のお客人は大鷲と繋がっている別棟の迎賓館に滞在する」
「えっと、その間ウィルフォード様は?」
ふむ、とヴァレリスが腕を組む。
「そのまま雲雀に、というのは危ないな。大鷲の奥の部屋か、客用館と距離を取るなら隼でファビアンに匿わせるか」
「それが無難と思います」
エルンの小さいため息が聞こえた。
「このまま話が進んでよいのですか、フィル」
指摘にはっと気がついた。今フィルが考えるべきは作戦の内容ではなく、この話を受けるかどうかだ。
「あ、あの!」
フィルの声にヴァレリスとセリウスが振り向く。
「余計なことを聞いてすみません。それでは私は、その雲雀館に十日間、ただ居ればよいのでしょうか」
ヴァレリスがうなずいた。
「火領の一行が到着して、おそらくその夜が歓迎の宴となる。そこへの出席と、ヒルデガルド嬢含む火領の一行にウィルフォードとして挨拶は必要だな。ウィルが健在であることを示す」
「ヒルデガルド様に挨拶をしたら、フィルさんは早々に雲雀館に戻ってしまいましょう。そのまま体調を理由に雲雀にこもり、まあ三日後くらいにもう一度お話をする機会を設けて……。おそらく火領の気質から言っても、健康に難のある相手を姫君の配偶者には選びたがらないと思うのですよね」
なるほど、病気の影響を押し出して面会を制限し、なおかつ健康状態に不安があると仄めかして、向こうの結婚への意欲を削ぐわけか。少なくともここまでの話では、確かにフィルのすることはそれほど大変な感じではないが。
フィルがちらりとヴァレリスを見ると、ヴァレリスがうなずいた。
「フィルに頼みたい仕事についてはつかめただろうか。……ではそろそろ、報酬の話に移りたいのだが」
ヴァレリスがニヤリと笑う。その笑顔よりも「報酬」の言葉にフィルの気持ちはぐらりと揺れる。
うっかり前のめりになったフィルの隣で、エルンが額を押さえてため息をついた。




