秘密の仕事の内容
こほん、とセリウスが咳払いをした。
「それで、いかがでしょうか、フィルさん」
はっとフィルは背筋を正す。
「つまりこちらからお願いしたい仕事というのは、一月後のヒルデガルド様との交流における、ウィルフォード様の影武者です」
「……期間はどのくらいなのでしょう」
「ヒルデガルド様の滞在予定は十日ほどです。ただ、領主の息子の影武者として他領の方と接する以上、ふさわしい所作や知識をある程度身につけてもらう必要があります。……機密保持の関係もありますので、受けていただけるのであれば、このまま家には戻らず、こちらに滞在していただきたい」
「それは……」
延べ一月半、と言ったところだろうか。このまま、と言う言葉に流石にちょっと尻込みをする。そんなフィルのためらいを読み取ったようにセリウスが言葉を継ぐ。
「まだ十四の、ご両親の庇護下の年齢の貴方には戸惑う話と思います。ただ話の性質上、カルデン村から領主館に頻繁に子どもが行き来することと、しばらく伏せっていた若様が姿を見せて婚約者を迎えること、この情報が結びつくことは避けたいのです」
「……」
情報が漏れることが身の安全に関わってくる、と言うあれだろうか。
「あの……仮に、私が若様の影武者をしたとして、それがバレたらどうなるのです?」
フィルの質問にヴァレリスが答える。
「まず、領主館で働く主だった者には、ウィルの属性の消失は公然の秘密となっている。したがって、そなたが顔と髪をさらして館を歩けば、影武者であると言うことは伝わるだろう。……それが、領主主導の計画であると察せない者はいないはずだ」
つまり、面と向かってフィルにお前は誰だと言ってくる者はいないと言うことか。
「……問題は、火領の方々かと存じますが」
エルンが難しい顔をしている。ヴァレリスとセリウスもうなずいた。
「まずヒルデガルド嬢だが、ウィルと直接顔を合わせたのは……四回か?」
「そうですね。ウィルフォード様が七歳の婚約成立時と、その後一年に一回ずつ、火の季に交流の名目でいらしてます。最後にいらしたのは二年前、ウィルフォード様が魔力熱を発症する直前でした」
「失礼、ウィルフォード様が魔力熱にかかられたのは、土の季のことですか」
エルンの言葉にヴァレリスがうなずく。
「火から土への季節の変わり目だった」
「なるほど。……失礼しました、話の続きですが、そうすると最後にお二人が会われたのはウィルフォード殿が十歳、ヒルデガルド殿が十三歳のときと」
「その通りです。婚約以降、季節の挨拶など手紙でのやりとりはなさっていますが」
ふむ、とエルンがフィルの顔を見る。
「男児であれば確かに成長で顔立ちが変わってくる歳の頃ではありますが……ウィルフォード殿の髪の色合いは、フィルと似ているのですか」
その問いにはヴァレリスとセリウスがそろってうなずいた。ヴァレリスが自身の額の左側を指す。
「ちょうどその左目の上あたりの部分から生える髪だけ色が違うのだ。銀に紛れぬ青の色合いもよく似ている」
セリウスがちらりとフィルに視線をよこした。
「あとはまあ、この一ヶ月でしっかり手入れすれば、もう少し印象も近付くと思います」
「……」
フィルはそっと視線を外した。別にフィルだって十四の女子として髪などの手入れを怠っているわけではない。昨日だって失礼のないようにと母にものすごく洗われた。ただちょっと行商帰りだったりするので、最高の状態とはいかないかもだが。
「ヒルデガルド殿がいらっしゃるときに、供の者などは?」
「前の時はヒルデガルド嬢も十三だったしな。供の者と護衛と……」
「身の回りのお世話をする侍女が二人、護衛が四人いたかと」
フィルは首を傾げる。それは領主の娘が領を越えるときの供として妥当な人数なのだろうか。お姫様の供としては少ないような気もするが。
疑問の色が出たのか、セリウスが苦笑して答える。
「ヒルデガルド様は、まあなんというか、火の領の生粋の育ちでいらっしゃるようでして。あちらは領主一族も直々に魔獣の討伐に出ますし」
「……十三歳だったんですよね?」
「婚約なさった十歳の時にはすでに魔害生物の討伐に参加していらっしゃるというお話でした。もちろん、危険の少ない種類の魔獣か魔植物と思われますが」
「……」
婚約者が魔獣の討伐をするお姫様。ちょっと首筋が寒くなった。ヴァレリスが続ける。
「本人が武術にたしなみがあるのと、それから遠征では身の回りの供は最小限にする、というのが火領の慣習のようだ。おそらく侍女も護衛を兼ねているだろうしな」
エルンがうなずいた。
「魔害駆除の範囲が他領に及ぶとなればそうでしょうね。今回も十日ほどの滞在とはいえ、風属性への耐性がある者を付けたいでしょうし」
他属性の地に滞在しやすい属性混じりは火領でも貴重ということか。
「あまり供の数が多くないのは影武者としては都合がいいのでしょうが」
エルンがフィルを見て、それからもう一度ヴァレリスに視線を戻した。
「それで、もしフィルが影武者をしていることが、火領の方に露見したらどうなさるのです?」
そうだった、とフィルも顔を上げる。ヴァレリスは渋面だった。
「その際は、もう一切合切打ち明けて謝罪するしかないな。うちの統承が現状大変か細く、先だっての負い目からウィルの状態を打ち明けることもできず、苦し紛れだったと……まあヒルデガルド嬢も火領も怒りはするだろうが」
「…………」
「エルン師の心配しているような、フィルに責任を負わせるようなことにはならんよ。どう言い訳をしたところで、ウィルフォードの影武者を立てるという案が私の許可なく通るわけはない。火領とのやり取りの責任を取るのは私の仕事だ」
エルンが何か考えるように顎に手を当てる。フィルは恐る恐る発言した。
「……あの、ヒルデガルド様?が、私に対してお怒りになるとかそういうことは……」
ヴァレリスとセリウスが顔を見合わせた。
「まあ、ないとは言わんが」
「それに関しては、今回はウィルフォード様の体調がすぐれないと前もって言い訳をしておいて、あまりヒルデガルド様とフィルさんが直接接する機会が少ないようにします。バレないように、というのもありますし」
「接する機会が少なければ、影武者本人に対してより、それを仕立てたこちらに怒りが来るだろう」
「まあ、それもあるので念のため、フィルさんにはやはり身元を隠しておいていただきたいのですが」
「…………」
念のため、とはどのくらい念のためなんだ。風領の貴族様のことだって失礼がないようにとあれだけ両親が神経をすり減らしていたのに、他領、それも荒っぽい火の領のお姫様を怒らせる可能性があるとか言ったら両親は卒倒するだろう。
考え込んでいるフィルに、エルンがため息混じりに声をかける。
「不安があるなら、断っていいのですよ」
フィルは恐る恐るエルンを見上げた。




