風領の内情
フィルの疑問に、ヴァレリスとセリウスの表情がかげる。エルンは思案顔になった後、ゆっくりと口を開いた。
「そもそも、生まれ持った属性がなくなるという例がかなり稀ではあるのですが……属性の強弱は魔力の出力に直結します。また属性については強弱含め、子に遺伝する傾向があります。そして、領主の血族に求められる役目には魔力の出力、ひいては属性の強さが必要とされるものが多いです」
ふう、とヴァレリスがため息をついた。
「領主の子でも魔力が少ない、属性が弱いということはありうる。ただ、そのような場合は最初から統承に入れなかったり、少なくとも他領との婚姻には出さぬな。他属性の地での生活や生まれる子にどう影響するかがわからんというのもある」
「……それじゃ属性がないことがバレたら、結婚はお断りされるということですか?」
「おそらくは」
ヴァレリスが重々しくうなずくのに、フィルは慌てる。
「え、待ってください。それって私が影武者をしたとして、解決する話なんですか?」
風領としてはウィルフォードの属性消失を隠したい。そのためにフィルを影武者に立てる、そこまではわかる。けれど、属性消失を隠して婚約を継続したとして、それは単なる時間稼ぎではないのか。風領の長子様に子供が生まれるまで、今十五歳のお姫様との婚約を引っ張るのは問題ないのだろうか。
「解決はしないな」
ヴァレリスが苦笑する。
「そなたの思う通りこれは時間稼ぎだし、火領の姫との婚約を断るとなれば、時期が遅れるほど向こうは腹を立てるだろう」
「火領ですか」
エルンがぽつりとつぶやいた。
火領。
一般的に、火領は武を尊ぶ気質で荒っぽい性質の者が多いと言われている。もちろん全ての火の民がそうではないし、火領のお姫様自身が当てはまるかもわからない。
けれど。
もしアウローラ様とやらが風の長子様に婚約破棄されたとして、グラスリーの住人は腹を立てて文句を言うだろうし気分は良くないだろうけど、いってしまえばそれだけだ。相手も風領の領主様なのだし、ちゃんと二人の間で話がついたならまあ仕方ないとなるだろう。
しかし相手が他領……それも火の領となると話が違ってくる気がする。
火領は火の属性を持ち、火を生み出す魔術使いが多い。その力で国中の魔害生物――魔力で人や人の生活に害を与える有害な動植物を駆除する、四領の中でも武を尊ぶ気質の領である。
十歳の時から婚約していてそのための準備も整えてきたお姫様が、落ち度もなく風領の若様に振られましたとなったら、文句を言われるくらいで済むのだろうか。魔害駆除の依頼に支障が出るとか、もっというと荒っぽい火の民が暴動を起こしたりしないのだろうか。
「風領と火領のやりとりについては私の領分ではありませんが……」
エルンが困ったように言う。
「早めに事情を火領の上層部だけにでもお伝えして、内々に婚約解消を進めるというのは無理なのでしょうか」
ヴァレリスがため息をついた。
「最終的にはその方向になるのは違いないのだが……」
歯切れの悪い言葉にフィルが首を傾げていると、セリウスが口を開いた。
「実は、先代の時期に一度、火領との縁談が流れておりまして……」
「……」
エルンが額を押さえてうつむいた。フィルはエルンとヴァレリス、セリウスを交互に見やる。
「そんなこともありましたね。……二領間では尾を引いているのでしょうか」
ヴァレリスが肩をすくめた。
「向こうは、そうは言わないがな」
「……あの、何か?」
置いてきぼりのフィルに、セリウスが苦笑顔で向ける。
「もう三十年くらい前にはなりますが、先代の妹君、ヴァレリス様にとっては叔母君に当たる方がいらっしゃったんですが。この方が当時の火領の若君――先代の領主様の弟君に当たる方との婚約を、一方的に破棄して逐電したという事件がありまして」
「は?」
「有り体に言えば、婚約者以外の男性と駆け落ちしてしまったんです」
「は?」
「まあ見つかって連れ戻されはしたんですが、その時には駆け落ち相手……当時の護衛だったんですが、その子どもを身ごもっておりまして」
「……」
「まあどうにもなりませんよね」
あっはっは、とセリウスは笑う。笑い事じゃないだろうとフィルは思った。フィルの視線に気づいたのかどうか、セリウスがこほん、と咳払いをする。
「当然ですが風領は火領に正式に謝罪を入れ、賠償金を払いました。この三十年ほど魔害駆除の報酬にも色を付け、負担の大きい領境の管理も広く受け持つような形でやってきたわけですが」
「世代も変わりそろそろ手打ちにするかという状態で、また、うちの側の理由で婚約が果たせないと申し出るのは、大変慎重な取り扱いが求められる」
「……」
「火領を怒らせず、婚約を断る一番いい時期を見計らうために、とりあえず、来月の姫君の来訪をやり過ごしたい。……そういう事情だ」
一時しのぎというにはそれはたいそう切実な問題であった。笑い事じゃないなんて言うまでもなかった。考えてみれば、ヴァレリスの叔母の起こした問題となればこの方々にはまったく責はないだろうに、延々と後始末をしているのだろうか。偉い人って大変だ、と言うのがフィルの正直な感想である。
「あの、つまり私に求められている影武者の役割とは、時間稼ぎ、ただそれだけと……?」
「言ってしまえばそういうことだ。ウィルに完全に扮するなどと気負わなくていい」
なるほど、とフィルは考える。
「……ただ、可能であれば、ヒルデガルド嬢の方から愛想を尽かして断ってくるように仕向けてくれると、なお助かる」
「……」
最後の最後に無茶ぶりされた。期待が大きいのか小さいのかわからない。
ただ、風領の領主様がこの問題に本気で頭を痛めているということは、よくわかった。




